呂氏春秋 / 孝行①
凡為天下,治國家,必務本而後末。所謂本者,非耕耘種殖之謂,務其人也。務其人,非貧而富之,寡而眾之,務其本也。務本莫貴於孝。人主孝,則名章榮,下服聽,天下譽。人臣孝,則事君忠,處官廉,臨難死。士民孝,則耕芸疾,守戰固,不罷北。夫孝,三皇五帝之本務,而萬事之紀也。
新字:凡為天下,治国家,必務本而後末。所謂本者,非耕耘種殖之謂,務其人也。務其人,非貧而富之,寡而眾之,務其本也。務本莫貴於孝。人主孝,則名章栄,下服聴,天下誉。人臣孝,則事君忠,処官廉,臨難死。士民孝,則耕芸疾,守戦固,不罷北。夫孝,三皇五帝之本務,而万事之紀也。
書き下し
凡そ天下を為め、國家を治むるには、必ず本を務めて末を後にす。所謂本とは、耕耘種殖の謂に非ず、其の人を務むるなり。其の人を務むとは、貧にして之を富まし、寡にして之を衆くするに非ず。其の本を務むるなり。本を務むるは孝より貴きは莫し。人主孝なれば、則ち名章榮に、下服聽し、天下譽しむ。人臣孝なれば、則ち君に事えて忠、官に處りて廉、難に臨みて死す。士民孝なれば、則ち耕芸疾く、守戰固く、罷北せず。夫れ孝は、三皇五帝の本務にして、萬事の紀なり。
現代語訳
およそ天下を治め国家を治めるには、必ず根本を務めて末節を後回しにする。いわゆる根本とは耕作や植え付けのことではなく、人を大切に育てることである。人を育てるとは、貧しい者を富ませ、少ない者を増やすことではなく、その根本を務めることだ。根本を務めるうえで孝より尊いものはない。君主が孝であれば名声は栄え、臣下は従い、天下がこれを喜ぶ。臣下が孝であれば君に忠、官にあって清廉、危難に臨んで命を捨てる。士民が孝であれば耕作に励み、守りも戦いも固く、敗走しない。孝こそ三皇五帝の根本の務めであり、万事の要である。
解説
ここでは政治の根本を「本を務める」と説き、その本とは何より孝だとします。背景には、君主・臣下・士民それぞれの立場で孝がそのまま忠・廉・勇へと結びつくという儒家的な人間観があり、家庭の情愛を社会秩序の土台に置く発想が見えます。孝を単なる家庭道徳でなく、国家運営の基盤と捉える点が特徴です。現代でも、組織づくりで小手先の増員や利益追求という末より、人を育て信頼を積むという本を優先する姿勢に通じ、根本を見失わない優先順位の立て方を教えてくれます。
この章句が説くこと
孝本と末三皇五帝忠廉人を育てる
関連する章句
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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論語・学而篇子夏曰く、「賢を賢として色に易え、父母に事えて能く其の力を竭くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わるに言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。」
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呂氏春秋・孝行③曾子曰く、「身は、父母の遺體なり。父母の遺體を行う、敢て敬せざらんや。居處莊ならざるは、孝に非ざるなり。君に事えて忠ならざるは、孝に非ざるなり。官に蒞みて敬ならざるは、孝に非ざるなり。朋友に篤からざるは、孝に非ざるなり。戰陳に勇無きは、孝に非ざるなり。五行遂げざれば、災い親に及ぶ。敢て敬せざらんや。」
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『孝経』士章第五父に事うるに資りて以て母に事うれば愛同じ。父に事うるに資りて以て君に事うれば敬同じ。故に母はその愛を取り、君はその敬を取る。これを兼ぬる者は父なり。故に孝を以て君に事うれば則ち忠、敬を以て長に事うれば則ち順。忠順失わず、以てその上に事え、然る後によくその禄位を保ちて、その祭祀を守る。けだし士の孝なり。詩に云う、『夙に興き夜に寐ね、爾の生まるる所を辱むる無かれ』と。
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『孝経』開宗明義章第一仲尼居り、曾子侍る。子曰く、「先王に至徳要道有り、以て天下を順え、民用て和睦し、上下怨み無し。汝これを知るか」と。曾子席を避けて曰く、「参不敏なり、何ぞ以てこれを知るに足らんや」と。子曰く、「それ孝は徳の本なり、教えの由りて生ずる所なり。坐に復れ、吾汝に語らん。身体髪膚、これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終わりなり。それ孝は親に事うるに始まり、君に事うるに中し、身を立つるに終わる。大雅に云う、『爾の祖を念う無からんや、聿にその徳を修む』と」。
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