呂氏春秋 / 審己①
凡物之然也,必有故。而不知其故,雖當與不知同,其卒必困。先王名士達師之所以過俗者,以其知也。水出於山而走於海,水非惡山而欲海也,高下使之然也。稼生於野而藏於倉,稼非有欲也,人皆以之也。故子路揜雉而復釋之。
新字:凡物之然也,必有故。而不知其故,雖当与不知同,其卒必困。先王名士達師之所以過俗者,以其知也。水出於山而走於海,水非悪山而欲海也,高下使之然也。稼生於野而蔵於倉,稼非有欲也,人皆以之也。故子路揜雉而復釈之。
書き下し
凡そ物の然るや、必ず故有り。而して其の故を知らざれば、當たると雖も知らざると同じ、其の卒わり必ず困しむ。先王・名士・達師の俗に過ぐる所以の者は、其の知るを以てなり。水、山を出でて海に走るは、水、山を惡みて海を欲するに非ざるなり。高下之をして然らしむるなり。稼、野に生じて倉に藏せらるは、稼欲すること有るに非ざるなり。人皆之を以うればなり。故に子路、雉を揜いて復た之を釋てり。
現代語訳
およそ物事がそうなるのには、必ず理由がある。その理由を知らなければ、たとえ結果が的中しても知らないのと同じで、その結末は必ず行き詰まる。先王・名士・達師が世俗の人より優れている理由は、その理由を知っていることにある。水が山から出て海へと流れるのは、水が山を嫌って海を求めているのではない。高い低いの地勢がそうさせるのだ。作物が野に生じて倉に蔵められるのは、作物が望んでいるのではない。人がみなそれを用いるからだ。だから子路は捕らえた雉を再び放したのだ。
解説
「審己」篇の総論で、物事の原因(故)を知ることの大切さを説きます。要点は、結果がたまたま的中しても、その理由を理解していなければ必ず行き詰まる、という因果洞察の重要性です。背景として、水が低きに流れ作物が倉に収まるように、事物には必然の理由があります。賢者が凡人に優るのは、この「なぜそうなるか」を見極める力にあるとされます。子路が雉を放した故事は、時宜と道理をわきまえた行いの例です。現代でも、結果だけで判断せず原因やメカニズムを理解することが、再現性ある成功や的確な意思決定に通じます。
この章句が説くこと
審己故因果先王達師子路
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