荀子 / 勧学篇
物類之起,必有所始。榮辱之來,必象其德。肉腐出蟲,魚枯生蠹。怠慢忘身,禍災乃作。強自取柱,柔自取束。邪穢在身,怨之所構。施薪若一,火就燥也,平地若一,水就溼也。草木疇生,禽獸群焉,物各從其類也。
新字:物類之起,必有所始。栄辱之来,必象其徳。肉腐出虫,魚枯生蠹。怠慢忘身,禍災乃作。強自取柱,柔自取束。邪穢在身,怨之所構。施薪若一,火就燥也,平地若一,水就溼也。草木疇生,禽獣群焉,物各従其類也。
書き下し
物類の起こるや、必ず始まる所有り。栄辱の来たるや、必ず其の徳に象る。肉腐りて虫を出し、魚枯れて蠹を生ず。怠慢にして身を忘るれば、禍災乃ち作る。強は自ら柱を取り、柔は自ら束を取る。邪穢身に在れば、怨みの構うる所なり。薪を施くこと一の若くするも、火は燥けるに就くなり。地を平らかにすること一の若くするも、水は溼えるに就くなり。草木は疇生し、禽獣は群がる。物各々其の類に従うなり。
現代語訳
物事が起こるには、必ず始まりの原因がある。栄誉や恥辱がやってくるのも、必ずその人の徳のありようを映している。肉が腐れば虫がわき、魚が干からびれば虫が生じる。怠けて自分の身を顧みなければ、災いはそこから起こる。硬すぎるものは自ら折られ、柔らかすぎるものは自ら縛られる。よこしまな汚れが我が身にあれば、それが人の恨みを引き寄せる。薪を一様に並べても、火は乾いた所へ燃え移る。土地を平らにならしても、水は湿った所へ流れる。草木は同じもの同士で群がり生え、鳥や獣は仲間ごとに群れる。ものはそれぞれ、自分と同じ類のものに引き寄せられるのだ。
解説
栄辱・禍福は偶然ではなく、自分の内側が引き寄せている——という因果の一段です。「栄辱の来たるや、必ず其の徳に象る」がテーマ。腐った肉に虫がわくように、身に汚れや隙があれば、災いや恨みは自然とそこへ寄ってきます。乾いた所に火が移り、湿った所に水が流れるように、物事には「同じ類が引き合う」法則がある。だから、外からの評価や不運を嘆く前に、それを招いている自分の内側を見よ、と荀子は言います。硬すぎれば折られ、柔らかすぎれば縛られる、という一句も鋭くて、極端はどちらも身を滅ぼす。私たちに引きつければ、人間関係やトラブルの多くは「自分がどんな磁場を出しているか」の反映だということ。環境を選ぶ(前段)だけでなく、自分自身が良い類を引き寄せる磁場になっているかを問う段です。
この章句が説くこと
栄辱は徳に象る因果類は友を呼ぶ自分の隙が災いを招く
関連する章句
-
説苑・說叢夫れ水は山に出でて海に入り、稼は田に生じて廩に藏す。聖人は生ずる所を見れば則ち歸する所を知る。
-
荀子・大略篇凡そ物は乗じて来たる有り。其の出づるに乗ずる者は、是れ其の反(かへ)りなり。
-
説苑・權謀孔子齊景公と坐す。左右白して曰く、「周使來りて廟燔くと言ふ」と。齊景公出でて問ひて曰く、「何の廟ぞや」と。孔子曰く、「是れ釐王の廟なり」と。景公曰く、「何を以て之を知る」と。孔子曰く、「詩に云ふ、『皇皇たる上帝、其の命忒はず』と。天の人に與するや、必ず徳有るに報ゆ。禍も亦た之の如し。夫れ釐王は文武の制を變じて玄黃の宮室を作り、輿馬奢侈にして振ふべからず。故に天其の廟に殃す。是を以て之を知る」と。景公曰く、「天何ぞ其の身に殃せずして其の廟に殃するや」と。子曰く、「天は文王の故を以てなり。若し其の身に殃せば、文王の祀、無乃ち絶えんか。故に其の廟に殃して以て其の過を章かにす」と。左右入りて報じて曰く、「周の釐王の廟なり」と。景公大いに驚き、起ちて拜して曰く、「善き哉、聖人の智、豈に大ならざらんや」と。
-
風姿花伝・第七 別紙口伝一、抑、因果とて、よきあしき時のあるも、公案を尽して見るに、ただめづらしき、めづらしからぬの二つなり。おなじ上手にておなじ能を、昨日今日見れども、おもしろやと見えつる事の、今またおもしろくもなき時のあるは、昨日おもしろかりつる心ならひに、今日はめづらしからぬによりて、わるしと見るなり。その後またよき時のあるは、先にわるかりつるものをと思ふ心、まためづらしきに還りて、おもしろくなるなり。されば、この道をきはめをはりて見れば、花とて別にはなきものなり。奥義をきはめて、よろづにめづらしき理をわれと知るならでは、花はあるべからず。経にいはく、善悪不二、邪正一如とあり。本来より、よきあしきとは何をもて定むべきや。ただ時によりて用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。この風体の品々も、当世の衆人諸所にわたりて、その時のあまねき好みによりて取出す風体、これ用足る為の花なるべし。ここにこの風体をもてあそめば、かしこにまた余の風体を賞翫す。これ、人々心々の花なり。いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて花と知るべし。
-
呂氏春秋・用民③劍は徒しく斷たず、車は自ら行かず。之を使うもの或ればなり。夫れ麥を種うれば麥を得、稷を種うれば稷を得るは、人怪しまざるなり。民を用うるも亦た種うる有り。其の種うるを審らかにせずして、民の用いらるることを祈るは、惑い焉より大なるは莫し。
-
史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。