呂氏春秋 / 簡選①
世有言曰:「驅市人而戰之,可以勝人之厚祿教卒;老弱罷民,可以勝人之精士練材;離散係(系)〔絫〕,可以勝人之行陣整齊;鋤耰白(挺)〔梃〕,可以勝人之長銚利兵」。此不通乎兵者之論。今有利劍於此,以刺則不中,以擊則不及,與惡劍無擇,為是鬭因用惡劍則不可。簡選精良,兵械銛利,發之則不時,縱之則不當,與惡卒無擇,為是戰因用惡卒則不可。王子慶忌、陳年猶欲劍之利也。簡選精良,兵械銛利,令能將將之,古者有以王者、有以霸者矣,湯、武、齊桓、晉文、吳闔廬是矣。
新字:世有言曰:「駆市人而戦之,可以勝人之厚禄教卒;老弱罷民,可以勝人之精士練材;離散係(系)〔絫〕,可以勝人之行陣整斉;鋤耰白(挺)〔梃〕,可以勝人之長銚利兵」。此不通乎兵者之論。今有利剣於此,以刺則不中,以擊則不及,与悪剣無択,為是闘因用悪剣則不可。簡選精良,兵械銛利,発之則不時,縦之則不当,与悪卒無択,為是戦因用悪卒則不可。王子慶忌、陳年猶欲剣之利也。簡選精良,兵械銛利,令能将将之,古者有以王者、有以覇者矣,湯、武、斉桓、晉文、吳闔廬是矣。
書き下し
世に言有り。曰く、市人を驅りて之を戰わしむるも、以て人の厚祿教卒に勝つ可く、老弱罷民も、以て人の精士練材に勝つ可く、離散係累も、以て人の行陳整齊に勝つ可し。鋤櫌白梃も、以て人の長銚利兵に勝つ可し。此れ兵に通ぜざる者の論なり。今此に利劍有り、以て刺せば則ち中らず、以て撃てば則ち及ばざれば、惡劍と擇ぶこと無し。是が為に鬭うに因りて惡劍を用うるは則ち不可なり。精良を簡選し、兵械銛利なるも、之を發すること則ち時ならず、之を縱つも則ち當らざれば、惡卒と擇ぶこと無し。是が為に戰うに因りて惡卒を用うるは則ち不可なり。王子慶忌・陳年すら、猶ほ劍の利を欲するなり。精良を簡選し、兵械銛利にして、能將をして之を將いしむ。古者以て王者有り、以て霸者有り、湯・武・齊桓・晉文・吳の闔廬、是れなり。
現代語訳
世間にこういう言い方がある。『市場の人々を駆り立てて戦わせても、相手の高給の訓練兵に勝てる。老人や病弱な民でも、相手の精鋭に勝てる。ばらばらの捕虜でも、相手の整った陣に勝てる。鋤や槌や棒きれでも、相手の長矛や鋭い武器に勝てる』と。これは兵を分かっていない者の議論である。今ここに鋭い剣があっても、刺して当たらず打って届かなければ、鈍い剣と変わらない。だから戦うのに鈍い剣を用いるのはよくない。精鋭を選び武器を鋭くしても、放つのが時宜を得ず、動かして的中しなければ、劣った兵と変わらない。だから戦うのに劣った兵を用いるのはよくない。王子慶忌や陳年ほどの勇者でも、なお剣の鋭さを求めた。精鋭を選抜し武器を鋭くし、有能な将に率いさせる。古来これによって王者となり覇者となった者があり、湯・武・斉桓・晋文・呉の闔廬がそれである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・簡選⑦故に凡そ兵勢險阻は、其の便を欲するなり。兵甲器械は、其の利を欲するなり。角材を選練するは、其の精を欲するなり。士民を統率するは、其の教えを欲するなり。此の四者は、義兵の助けなり。時變の應や、為す可からずして專ら恃むに足らず。此れ勝つことの一策なり。
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呂氏春秋・簡選⑥吳の闔廬は、多力の者五百人、利趾の者三千人を選びて、以て前陳と為し、荊と戰い、五たび戰い五たび勝ち、遂に郢を有つ。東征して庳廬に至り、西伐して巴・蜀に至り、北のかた齊・晉に迫り、令、中國に行わる。
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呂氏春秋・簡選⑤晉の文公は五兩の士五乘を造り、銳卒千人、先だちて以て敵に接せしむ。諸侯之を能く難むる莫し。鄭の埤を反し、衛の畝を東にし、天子を衡雍に尊ぶ。
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呉子・図国篇武侯問いて曰く、「願わくは兵を治め、人を料り、国を固むるの道を聞かん」と。起対えて曰く、「古の明王は、必ず君臣の礼を謹み、上下の儀を飾り、吏民を安集し、俗に順いて教え、良材を簡び募りて、以て不虞に備う。昔、斉の桓公は士五万を募りて、以て諸侯に霸たり。晋の文公は召して前行と為すこと四万、以て其の志を獲たり。秦の繆公は陥陳三万を置きて、以て鄰敵を服せしむ。故に強国の君は、必ず其の民を料る。民に胆勇気力有る者は、聚めて一卒と為す。進みて戦い力を効し、以て其の忠勇を顕すを楽しむ者は、聚めて一卒と為す。能く高きを踰え遠きを超え、足軽くして善く走る者は、聚めて一卒と為す。王臣にして位を失い、功を上に見さんと欲する者は、聚めて一卒と為す。城を棄て守りを去り、其の醜を除かんと欲する者は、聚めて一卒と為す。此の五者は、軍の練鋭なり。此の三千人有らば、内より出でては以て囲みを決すべく、外より入りては以て城を屠るべし」と。
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説苑・指武春秋國家の存亡を記し、以て來世を察せしむ、廣土眾民、堅甲利兵、威猛の將有りと雖も、士卒親附せざれば、以て戰いて勝ちを取る能わず。晉侯韓に獲われ、楚の子玉得臣城濮に敗れ、蔡は敵を待たずして眾潰ゆ。故に語に曰く、「文王は不附の民を使う能わず、先軫は不教の卒を戰わしむる能わず、造父・王良は弊車不作の馬を以て、疾に趨りて遠きを致す能わず、羿・逄蒙は枉矢弱弓を以て、遠きを射て微に中つる能わず、故に強弱成敗の要は、士卒を附け之を教習するに在るのみ」と。
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呂氏春秋・簡選②殷湯は、良車七十乘、必死六千人、戊子を以て郕に戰い、遂に推移・大犧を禽にし、鳴條自り登り、乃ち巢門に入り、遂に夏を有つ。桀既に奔走す。是に於て大いに仁慈を行い、以て黔首を恤む。桀の事に反し、其の賢良を遂げしめ、民の喜ぶ所に順う。遠近之に歸し、故に天下に王たり。