呂氏春秋 / 簡選⑦
故凡兵勢險阻,欲其便也;兵甲器械,欲其利也;選練角材,欲其精也;統率士民,欲其教也。此四者,義兵之助也。時變之應也,不可為而不足專恃。此勝之一策也。
新字:故凡兵勢険阻,欲其便也;兵甲器械,欲其利也;選練角材,欲其精也;統率士民,欲其教也。此四者,義兵之助也。時変之応也,不可為而不足専恃。此勝之一策也。
書き下し
故に凡そ兵勢險阻は、其の便を欲するなり。兵甲器械は、其の利を欲するなり。角材を選練するは、其の精を欲するなり。士民を統率するは、其の教えを欲するなり。此の四者は、義兵の助けなり。時變の應や、為す可からずして專ら恃むに足らず。此れ勝つことの一策なり。
現代語訳
ゆえに、兵の勢いと地形については、その有利さを求め、武具や器械については、その鋭利さを求め、精鋭の選抜と訓練については、その精強さを求め、兵士の統率については、その教練を求める。この四つは、義兵の助けとなるものである。だが時勢の変化への対応は、人為で作り出せるものではなく、これだけを頼みにはできない。これらは勝利のための一つの方策にすぎない。
解説
この段は篇の結びとして、地形・武器・精選・統率の四つは義兵の助けとなるが、それだけを頼みにはできないと説きます。これまで論じてきた具体的な条件を整理しつつ、時勢という人為を超えた要素があるために、条件をどれほど充実させても勝利の一策にとどまると冷静に位置づけます。準備できる要素を尽くしながらも、自分では制御できない外部環境の存在をも認めるこの均衡感覚は、努力と運とを切り分けて考える現代の戦略思考に通じる、成熟した見方を示しています。
この章句が説くこと
兵勢器械選練統率時変義兵
関連する章句
-
呂氏春秋・簡選①世に言有り。曰く、市人を驅りて之を戰わしむるも、以て人の厚祿教卒に勝つ可く、老弱罷民も、以て人の精士練材に勝つ可く、離散係累も、以て人の行陳整齊に勝つ可し。鋤櫌白梃も、以て人の長銚利兵に勝つ可し。此れ兵に通ぜざる者の論なり。今此に利劍有り、以て刺せば則ち中らず、以て撃てば則ち及ばざれば、惡劍と擇ぶこと無し。是が為に鬭うに因りて惡劍を用うるは則ち不可なり。精良を簡選し、兵械銛利なるも、之を發すること則ち時ならず、之を縱つも則ち當らざれば、惡卒と擇ぶこと無し。是が為に戰うに因りて惡卒を用うるは則ち不可なり。王子慶忌・陳年すら、猶ほ劍の利を欲するなり。精良を簡選し、兵械銛利にして、能將をして之を將いしむ。古者以て王者有り、以て霸者有り、湯・武・齊桓・晉文・吳の闔廬、是れなり。
-
呂氏春秋・決勝②夫れ民に常勇無く、亦た常怯無し。氣あれば則ち實ち、實つれば則ち勇なり。氣無ければ則ち虚、虚なれば則ち怯なり。怯勇虚實は、其の由甚だ微なり。知らざる可からず。勇なれば則ち戰い、怯なれば則ち北ぐ。戰いて勝つ者は、其の勇を戰わす者なり。戰いて北ぐる者は、其の怯を戰わす者なり。怯勇常無く、儵忽往來して、其の方を知るもの莫し。惟聖人のみ獨り其の由りて然る所を見る。故に商・周は以て興り、桀・紂は以て亡ぶ。巧拙の相過ぐる所以は、民の氣を益すと民の氣を奪うとに以てし、能く衆を鬭わすと衆を鬭わすこと能わざるとに以てす。軍大なりと雖も、卒多しと雖も、勝ちに益無し。軍大に卒多くして鬭う能わざれば、衆其の寡きに若かざるなり。夫れ衆の福い為るや大にして、其の禍い為るや亦た大なり。之を譬うれば、深淵に漁して、其の魚を得るや大なるも、其の害為るや亦た大なるが若し。善く兵を用うる者は、諸邊の內、與に鬭わざるもの莫く、廝輿白徒と雖も、方數百里より、皆來たりて會戰するは、勢之をして然らしむるなり。勢いなる者は、戰期を審らかにして、以て之を羈誘する有り。凡そ兵は、其の因るを貴ぶ。因るとは、敵の險に因りて以て己の固めを為し、敵の謀に因りて以て己の事を為す。能く因ることを審らかにして加うれば勝つ。則ち窮む可からず。勝つこと窮む可からざるを之れ神と謂う。神なれば則ち勝つ可からざるを能くす。夫れ兵は、勝つ可からざるを貴ぶ。勝つ可からざること己に在り、勝つ可きこと彼に在り。聖人は己に在る者を必とし、彼に在る者を必とせず。故に勝つ可からざるの術を執りて、以て勝たざるの敵に遇う。此くの若くなれば則ち兵に失無し。凡そ兵の勝つは、敵の失なり。失に勝つの兵は、必ず隱に必ず微に、必ず積に必ず摶なり。隱なれば則ち闡に勝ち、微なれば則ち顯に勝ち、積なれば則ち散に勝ち、摶なれば則ち離に勝つ。諸々の搏攫柢噬の獸、其の齒角爪牙を用うるや、必ず卑微隱蔽に託す。此れ勝ちを成す所以なり。
-
呂氏春秋・決勝①夫れ兵には本幹有り。必ず義、必ず智、必ず勇なり。義なれば則ち敵孤獨に、敵孤獨なれば則ち上下虚しく、民解落す。孤獨なれば則ち父兄怨み、賢者誹り、亂內に作こる。智なれば則ち時化を知る。時化を知れば、則ち虚實盛衰の變を知り、先後遠近縱舍の數を知る。勇なれば則ち能く決斷し、能く決斷すれば則ち能く雷電飄風暴雨の若く、能く崩山破潰し、別辨霣墜するが若し。鷙鳥の撃つや、搏攫すれば則ち殪し、木に中れば則ち碎くるが若し。此れ義智勇を以て得るなり。
-
呉子・論将篇呉子曰く、凡そ兵に四機有り。一に曰く気機、二に曰く地機、三に曰く事機、四に曰く力機。三軍の衆、百万の師、張設の軽重、一人に在り、是を気機と謂う。路狭く道険しく、名山大塞、十夫の守る所、千夫も過ぎず、是を地機と謂う。善く間諜を行い、軽兵往来し、其の衆を分散し、其の君臣をして相怨ましめ、上下相咎めしむ、是を事機と謂う。車は管轄堅く、舟は櫓楫利く、士は戦陳に習い、馬は馳逐に閑る、是を力機と謂う。此の四つの者を知りて、乃ち将たるべし。然れども其の威・徳・仁・勇は、必ず以て下を率い衆を安んじ、敵を怖れしめ疑いを決するに足るべし。令を施して下犯さず、在る所寇敢えて敵せず。之を得れば国強く、之を去れば国亡ぶ。是を良将と謂う、と。
-
呂氏春秋・應同③凡そ兵の用たるや、利に用い、義に用う。亂を攻むれば則ち脆く、脆ければ則ち攻むる者利あり。亂を攻むるは則ち義あり、義あれば則ち攻むる者榮あり。榮にして且つ利あれば、中主も猶ほ且つ之を為す。況んや賢主に於いてをや。故に割地寶器、卑辭屈服は、以て攻を止むるに足らず。惟だ治のみ足れりと為す。治まれば則ち利の為にする者は攻めず、名の為にする者は伐たず。凡そ人の攻伐するや、利の為にするに非ざれば則ち名の為にするに因るなり。名實得ざれば、國彊大なる者と雖も、曷ぞ攻むるを為さんや。解は史墨の來たりて輟めて衛を襲わざるに在り。趙簡子は動靜を知ると謂う可し。
-
呂氏春秋・蕩兵④且つ兵の自りて來たる所の者は遠し。未だ嘗て少選も用いずんばあらず。貴賤長少賢者不肖相與に同じ。巨有り微有るのみ。兵の微を察するに、心に在りて未だ發せざるも兵なり。疾視するも兵なり。色を作すも兵なり。傲言するも兵なり。援推するも兵なり。連反するも兵なり。侈鬭するも兵なり。三軍攻戰するも兵なり。此の八者は皆兵なり。微巨の爭いなり。今世の偃兵を以て疾説する者の、終身兵を用うるも自ら知らざるは悖れり。故に説彊しと雖も、談辨ずと雖も、文學博しと雖も、猶は聽かれず。故に古の聖王には義兵有りて、偃兵有ること無し。兵誠に義にして、以て暴君を誅して苦民を振わば、民の説ぶや、孝子の慈親を見るが若く、饑者の美食を見るが若きなり。民の號呼して之に走るは、彊弩の深谿を射るが若く、大水を積みて其の壅隄を失うが若きなり。中主すら猶若ほ其の民を有つこと能わず、而るを況や暴君に於いてをや。