呂氏春秋 / 簡選⑤
晉文公造五兩之士五乘,銳卒千人,先以接敵,諸侯莫之能難,反鄭之埤,東衛之畝,尊天子於衡雍。
新字:晋文公造五両之士五乗,鋭卒千人,先以接敵,諸侯莫之能難,反鄭之埤,東衛之畝,尊天子於衡雍。
書き下し
晉の文公は五兩の士五乘を造り、銳卒千人、先だちて以て敵に接せしむ。諸侯之を能く難むる莫し。鄭の埤を反し、衛の畝を東にし、天子を衡雍に尊ぶ。
現代語訳
晋の文公は、五両の士(物見の車)五乗、精鋭の兵一千人をつくり、先んじて敵に当たらせ、諸侯はこれを止められなかった。鄭の低い城壁をくつがえし、衛の田の畝を(戦車が進みやすいよう)東向きにそろえさせ、天子を衡雍で尊んだ。
解説
この段は、晋の文公が少数の精鋭を先鋒として諸侯を制し、周の天子を奉じて権威を高めた覇業を語ります。わずか五乗と千人の精兵でも、先手を取れば諸侯を圧倒でき、敵国の防備を崩し、周王を衡雍に迎えて尊崇しました。少数精鋭と、天子を奉じるという大義名分とを結びつけた例です。限られた戦力を先手に集中させ、正統性である大義名分を掲げて主導権を握るというこの発想は、資源を要所に投じ、名分を得て局面を動かす戦略の考え方に通じます。
この章句が説くこと
晋文公衡雍諸侯精鋭大義名分簡選
関連する章句
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