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荀子 / 天論篇

物之已至者,人祅則可畏也。楛耕傷稼,耘耨失薉,政險失民;田薉稼惡,糴貴民飢,道路有死人:夫是之謂人祅。政令不明,舉錯不時,本事不理:夫是之謂人祅。勉力不時,則牛馬相生,六畜作祅,禮義不脩,內外無別,男女淫亂,則父子相疑,上下乖離,寇難並至:夫是之謂人祅。祅是生於亂。三者錯,無安國。其說甚爾,其菑甚慘。可怪也,而亦可畏也。傳曰:「萬物之怪書不說。」無用之辯,不急之察,棄而不治。若夫君臣之義,父子之親,夫婦之別,則日切瑳而不舍也。

新字:物之已至者,人祅則可畏也。楛耕傷稼,耘耨失薉,政険失民;田薉稼悪,糴貴民飢,道路有死人:夫是之謂人祅。政令不明,舉錯不時,本事不理:夫是之謂人祅。勉力不時,則牛馬相生,六畜作祅,礼義不脩,內外無別,男女淫乱,則父子相疑,上下乖離,寇難並至:夫是之謂人祅。祅是生於乱。三者錯,無安国。其説甚爾,其菑甚惨。可怪也,而亦可畏也。伝曰:「万物之怪書不説。」無用之辯,不急之察,棄而不治。若夫君臣之義,父子之親,夫婦之別,則日切瑳而不舎也。

書き下し

物の已(すで)に至れる者は、人祅(じんよう)は則ち畏るべきなり。楛(そ)なる耕(たがや)しは稼(か)を傷(そこな)い、耘耨(うんどう)は薉(あくさ)を失(あやま)り、政險(けわ)しくして民を失う。田薉(あ)れ稼惡(あ)しく、糴(てき)貴くして民飢え、道路に死人有り。夫れ是れを之れ人祅と謂う。政令明らかならず、舉錯(きょそ)時ならず、本事(ほんじ)理(おさ)まらず。夫れ是れを之れ人祅と謂う。力を勉(つと)むること時ならざれば、則ち牛馬相い生じ、六畜(りくちく)祅(よう)を作(な)し、禮義脩まらず、內外の別無く、男女淫亂なれば、則ち父子相い疑い、上下乖離(かいり)し、寇難(こうなん)並び至る。夫れ是れを之れ人祅と謂う。祅は是れ亂より生ず。三者錯(まじ)われば、安國無し。其の說は甚だ爾(ちか)く、其の菑(わざわい)は甚だ慘(いた)ましい。怪しむべきなり、而して亦た畏るべきなり。傳に曰く、「萬物の怪は書に說かず」と。無用の辯、不急の察は、棄てて治めず。若し夫れ君臣の義、父子の親、夫婦の別は、則ち日に切瑳(せっさ)して舍(お)かざるなり。

現代語訳

実際に現に及んでくるもののうち、人が招く災い(人祅)こそ恐れるべきである。粗末な耕作は作物をだめにし、草取りを誤って畑を荒れさせ、政治が過酷で民の心を失う。畑が荒れて作物が悪くなり、米価が高騰して民は飢え、道端に行き倒れの死人が出る。これを人祅という。政令が明確でなく、施策の実施が時宜を得ず、農事という根本が治まらない。これを人祅という。労役を課す時期を誤れば、家畜の生育も乱れて怪異のようなことが起こり、礼義が修まらず、内と外の区別がなくなり、男女が淫らに乱れれば、父子は互いに疑い、上下は離反し、外敵と内乱が同時に押し寄せる。これを人祅という。災いは乱れから生じる。この三種の人祅が重なれば、安泰な国はありえない。その理屈はきわめて身近であり、その災いはきわめて悲惨である。これは不思議がるべきであり、そして本当に恐れるべきものである。古い言い伝えに「万物の怪異は書物では説かない」とある。無用の議論、急を要さぬ詮索は、捨てておいて取り合わない。しかし君臣の義、父子の親しみ、夫婦の別といったものは、日々磨きをかけて手放さないのである。

解説

前段で「天の怪異は恐れるに足りない」と言い切った荀子が、では本当に恐ろしいものは何かを示す段です。それが「人祅」——人が自ら招く災いです。手抜きの耕作、遅れた草取り、過酷な政治。その結果、畑は荒れ、米価は高騰し、民は飢え、道に行き倒れが出る。政令が不明確で施策の時機を外し、根本の生産が回らない。礼義が乱れて家族も上下も信頼を失い、外敵と内乱が同時に押し寄せる。これらはすべて人間の側の不始末から生じます。空を見上げて震えるより、足元のこの荒廃こそ恐れよ、というわけです。そして荀子は「無用の辯、不急の察」を切り捨て、君臣・父子・夫婦の関係を日々磨けと説きます。組織で本当に危ないのも、外部の不吉な兆候ではなく、内側の手抜き・不明確な指示・信頼の崩れです。恐れる対象を取り違えないこと、それが災いを防ぐ第一歩です。

この一句を、あなたの毎日に。

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