呂氏春秋 / 盡數①
天生陰陽寒暑燥濕,四時之化,萬物之變,莫不為利,莫不為害。聖人察陰陽之宜,辨萬物之利以便生,故精神安乎形,而年壽得長焉。長也者,非短而續之也,畢其數也。畢數之務,在乎去害。何謂去害?大甘、大酸、大苦、大辛、大鹹,五者充形則生害矣。大喜、大怒、大憂、大恐、大哀,五者接神則生害矣。大寒、大熱、大燥、大濕、大風、大霖、大霧,七者動精則生害矣。故凡養生,莫若知本,知本則疾無由至矣。
新字:天生陰陽寒暑燥湿,四時之化,万物之変,莫不為利,莫不為害。聖人察陰陽之宜,弁万物之利以便生,故精神安乎形,而年寿得長焉。長也者,非短而続之也,畢其数也。畢数之務,在乎去害。何謂去害?大甘、大酸、大苦、大辛、大鹹,五者充形則生害矣。大喜、大怒、大憂、大恐、大哀,五者接神則生害矣。大寒、大熱、大燥、大湿、大風、大霖、大霧,七者動精則生害矣。故凡養生,莫若知本,知本則疾無由至矣。
書き下し
天、陰陽を生じるや、寒暑燥溼、四時の化、萬物の變、利為らざるは莫く、害為らざるは莫し。聖人、陰陽の宜しきを察し、萬物の利を辧じて、以て生に便ず。故に精・神は形に安んじて、年壽長きを得。長しとは、短くして之を續ぐに非ざるなり。其の數を畢くすなり。數を畢くすの務めは、害を去るに在り。何をか害を去ると謂う。大甘・大酸・大苦・大辛・大鹹、五者、形に充つれば、則ち生害せらる。大喜・大怒・大憂・大恐・大哀、五者、神に接すれば、則ち生害せらる。大寒・大熱・大燥・大溼・大風・大霖・大霧、七者精を動かせば、則ち生害せらる。故に凡そ生を養うは、本を知るに若くは莫し。本を知れば則ち疾由りて至ること無し。
現代語訳
天が陰陽・寒暑・燥湿を生み出すと、四季の移り変わりも万物の変化も、利益にならぬものはなく、害にならぬものもない。聖人は陰陽の適切なあり方を見極め、万物の利を弁別して生に役立てる。だから精気と心は体に安らぎ、寿命を全うできる。長生きとは、短い命を無理に継ぎ足すことではなく、天から授かった寿命を全うすることだ。寿命を全うする務めは、害を除くことにある。害を除くとは何か。甘・酸・苦・辛・鹹の五味も、過度になって体に満ちれば害となる。喜・怒・憂・恐・哀の五情も、過度に心に触れれば害となる。寒・熱・燥・湿・風・霖(長雨)・霧の七つも、度を超えて精気を揺さぶれば害となる。だから養生はまず根本を知るに越したことはなく、根本を知れば病気の入り込む余地はなくなる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・盡數⑤凡そ食は彊厚の味無く、烈味重酒を以いること無かれ。是を以て之を疾の首と謂う。食能く時を以てすれば、身必ず災い無し。凡そ食の道は、飢うること無く飽くること無し。是を之れ五藏の葆と謂う。口必ず味を甘しとし、精を和らげ容を端し、之を將うに神氣を以てすれば、百節虞歡し、咸進みて氣を受く。飲は必ず小咽なれば、端直にして戻ること無し。
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呂氏春秋・重己③室大なれば則ち陰多く、臺高ければ則ち陽多し。陰多ければ則ち蹶し、陽多ければ則ち痿す。此れ陰陽の適ならざるの患いなり。是の故に先王は大室に處らず、高臺を為らず、味は衆珍せず、衣は燀熱せず。燀熱すれば則ち理塞がり、理塞がれば則ち気達せず。味衆珍すれば則ち胃充ち、胃充つれば則ち中大いにもだえ、中大いにもだうれば而ち気達せず。此を以て長生せんとするも得可けんや。昔、先聖王の苑囿園池を為るや、以て觀望して形を勞うに足るのみ。其の宮室臺榭を為るや、以て燥濕を辟くるに足るのみ。其の輿馬衣裘を為るや、以て身を逸んじて骸を煖むるに足るのみ。其の飲食酏醴を為るや、以て味に適し虚を充たすに足るのみ。其の聲色音樂を為るや、以て性を安んじ自ら娯しむに足るのみ。五者は聖王の性を養う所以なり。倹を好みて費を惡むに非ざるなり。性に節するなり。
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呂氏春秋・情欲③古人の道を得る者、生は以て壽長く、聲色滋味、能く久しく之を樂しむは、奚の故ぞ。論早く定まればなり。論早く定まれば、則ち早く嗇しむことを知る。早く嗇しむことを知れば、則ち精竭きず。秋早く寒ければ、則ち冬必ず煖かく、春多く雨ふれば則ち夏必ず旱す。天地すら兩つながらする能わず。而るを況んや人類に於いてをや。人と天地とは同じなり。萬物の形異なると雖も、其の情は一體なり。故に古の身と天下とを治むる者は、必ず天地に法るなり。尊、酌む者衆ければ則ち速く盡く。萬物の、大貴の生を酌む者衆し。故に大貴の生は常に速やかに盡く。徒に萬物之を酌むのみに非ず。又其の生を損して以て天下の人に資え、而も終に自ら知らず。功、外に成ると雖も、生、内に虧き、耳は以て聽く可からず、目は以て視る可からず、口は以て食らう可からず、胸中大いに擾れ、妄言想見す。死に臨むの上、顛倒驚懼して、為す所を知らず。心を用うること此くの如し。豈に悲しからずや。
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呂氏春秋・節喪①審らかに生を知るは、聖人の要なり。審らかに死を知るは、聖人の極なり。生を知るとは、以て生を害せずして、生を養うの謂なり。死を知るとは、以て死を害せずして、死に安んずるの謂なり。此の二つの者は、聖人の獨り決する所なり。
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呂氏春秋・本生③今、此に聲有り。耳に之を聽けば必ず慊し。已に之を聽けば、則ち人をして聾ならしめば、必ず聽かざらん。此に色有り。目に之を視れば必ず慊し。已に之を視れば、則ち人をして盲ならしめば、必ず視ざらん。此に味有り。口に之を食らえば必ず慊し。已に之を食らえば、則ち人をして瘖ならしめば、必ず食らわざらん。是の故に聖人の聲色滋味に於けるや、性に利あれば則ち之を取り、性に害あれば則ち之を舎つ。此れ性を全くするの道なり。世の貴富なる者は、其の聲色滋味に於けるや、惑える者多し。日夜に求め、幸にして之を得れば則ち遁す。遁すれば、性惡くんぞ傷なわざるを得ん。
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呂氏春秋・情欲①天、人を生じて、貪有り欲有らしむ。欲に情有り、情に節有り。聖人、節を修めて以て欲を止む。故に其の情を行うを過ごさざるなり。故に耳の五聲を欲し、目の五色を欲し、口の五味を欲するは、情なり。此の三者は、貴賤愚智賢不肖、之を欲すること一の若し。神農・黃帝と雖も、其れ桀・紂と同じ。聖人の異なる所以は、其の情を得ればなり。生を貴ぶに由りて動けば、則ち其の情を得、生を貴ぶに由らずして動けば、則ち其の情を失う。此の二者は、死生存亡の本なり。