呂氏春秋 / 當染③
非獨國有染也。孔子學於老聃、孟蘇夔、靖叔。魯惠公使宰讓請郊廟之禮於天子,桓王使史角往,惠公止之,其後在於魯,墨子學焉。此二士者,無爵位以顯人,無賞祿以利人,舉天下之顯榮者必稱此二士也。皆死久矣,從屬彌眾,弟子彌豐,充滿天下,王公大人從而顯之,有愛子弟者隨而學焉,無時乏絕。子貢、子夏、曾子學於孔子,田子方學於子貢,(叚)〔段〕干木學於子夏,吳起學於曾子。禽滑𣫥學于墨子,許犯學於禽滑𣫥,田繫學於許犯。孔、墨之後學顯榮於天下者眾矣,不可勝數,皆所染者得當也。
新字:非独国有染也。孔子学於老聃、孟蘇夔、靖叔。魯恵公使宰譲請郊廟之礼於天子,桓王使史角往,恵公止之,其後在於魯,墨子学焉。此二士者,無爵位以顕人,無賞禄以利人,舉天下之顕栄者必称此二士也。皆死久矣,従属弥眾,弟子弥豊,充満天下,王公大人従而顕之,有愛子弟者随而学焉,無時乏絶。子貢、子夏、曽子学於孔子,田子方学於子貢,(叚)〔段〕干木学於子夏,吳起学於曽子。禽滑𣫥学于墨子,許犯学於禽滑𣫥,田繋学於許犯。孔、墨之後学顕栄於天下者眾矣,不可勝数,皆所染者得当也。
書き下し
獨り國にのみ染有るに非ざるなり。孔子、老聃・孟蘇夔・靖叔に學ぶ。魯の惠公、宰讓をして郊廟の禮を天子に請わしむるに、桓王、史角をして往かしめ、惠公之を止む。其の後、魯に在りて、墨子、焉に學ぶ。此の二士は、爵位無くして以て人に顯れ、賞祿無くして以て人を利す。天下の顯榮なる者を舉ぐるときは、必ず此の二士を稱す。皆死して久しけれども、從屬するもの彌々衆く、弟子彌々豐かにして、天下に充滿し、王公大人、從いて之を顯し、子弟を愛する者有れば、隨いて焉に學ばしめ、時として乏絶すること無し。子貢・子夏・曾子は孔子に學び、田子方は子貢に學び、段干木は子夏に學び、吳起は曾子に學ぶ。禽滑釐は墨子に學び、許犯は禽滑釐に學び、田繫は許犯に學ぶ。孔・墨の後學、天下に顯榮する者衆し。勝げて數う可からざるは、皆染まる所の者、當るを得たればなり。
現代語訳
染まりがあるのは国だけではない。学問にもある。孔子は老聃・孟蘇夔・靖叔に学んだ。魯の恵公が宰讓を遣わして郊廟の礼を天子に請わせたとき、周の桓王は史角を派遣したが、恵公は史角を魯に引き留めた。その子孫が魯にとどまり、墨子はそこで学んだ。この孔子・墨子の二人は、爵位もないのに世に名を現し、褒賞や俸禄で人を利するわけでもないのに人々のためになった。天下で名声輝く者を挙げるときには、必ずこの二人が称えられる。二人が死んでから久しいが、従う者はますます多く、弟子はますます豊かに天下に満ちあふれ、王公・貴人もこれにならって二人を顕彰し、わが子弟を大切に思う者はその門で学ばせ、その学統が絶えることはない。子貢・子夏・曾子は孔子に学び、田子方は子貢に、段干木は子夏に、呉起は曾子に学んだ。禽滑釐は墨子に学び、許犯は禽滑釐に、田繫は許犯に学んだ。孔子・墨子の後学で天下に名をあげた者は多く、数えきれないほどである。それはみな、染まる相手が適切だったからだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・當染①墨子、素絲を染むる者を見て歎じて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黃に染むれば則ち黃となる。入る所以の者變われば、其の色も亦た變わる。五たび入るれば以て五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり。」
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呂氏春秋・當染②獨り染絲のみ然るに非ざるなり。國も亦た染有り。舜は許由・伯陽に染まり、禹は皋陶・伯益に染まり、湯は伊尹・仲虺に染まり、武王は太公望・周公旦に染まる。此の四王者は染まる所當れり。故に天下に王となり、立ちて天子と為り、功名、天地を蔽えり。天下の仁義顯人を舉ぐるときは、必ず此の四王者を稱す。夏の桀は干辛・歧踵戎に染まり、殷の紂は崇侯・惡來に染まり、周の厲王は虢公長父・榮夷終に染まり、幽王は虢公鼓・祭公敦に染まる。此の四王者は染まる所當らず。故に國は殘われ身は死して、天下の僇と為れり。天下の不義辱人を舉ぐるときは、必ず此の四王者を稱す。齊の桓公は管仲・鮑叔に染まり、晉の文公は咎犯・郄偃に染まり、荊の莊王は孫叔敖・沈尹蒸に染まり、吳王闔廬は伍員・文之儀に染まり、越王句踐は范蠡・大夫種に染まる。此の五君は、染まる所當れり。故に諸侯に霸となり、功名後世に傳われり。范吉射は張柳朔・王生に染まり、中行寅は黃藉秦・高彊に染まり、吳王夫差は王孫雄・太宰嚭に染まり、智伯瑤は智國・張武に染まり、中山尚は魏義・椻長に染まり、宋の康王は唐鞅・田不禋に染まる。此の六君は、染まる所當らず。故に國は皆殘亡し、身は或いは死辱せられ、宗廟は血食せられず、其の後類を絶ち、君臣は離散し、民人は流亡す。天下の貪暴羞づ可き人を舉ぐるときは、必ず此の六君者を稱す。凡そ君と為るは、君と為りて因りて榮えとするに非ざるなり。君と為りて因りて安しとするに非ざるなり。以て理を行うが為なり。理を行うは、染まることの當るに生ず。故に古の善く君為りし者は、人を論ずるに勞して、官事に佚す。其の經を得たればなり。君為る能わざりし者は、形を傷り神を費やし、心を愁え耳目を勞せしむるも、國愈々危く、身愈々辱めらる。要を知らざるが故なり。要を知らざるが故に、則ち染まる所當らず、染まる所當らざれば、理奚に由りてか至らん。六君者は是れなるのみ。六君者は、其の國を重んじ其の身を愛せざるには非ざるなり。染まる所に當らざればなり。存亡の故は獨り是れなるのみならず。帝王も亦た然り。
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呂氏春秋・尊師②且つ天の人を生ずるや、而ち其の耳をして以て聞く可からしむるも、學ばざれば、其の聞くこと聾に若かず。其の目をして以て見る可からしむるも、學ばざれば、其の見ること盲に若かず。其の口をして以て言う可からしむるも、學ばざれば、其の言うこと爽に若かず。其の心をして以て知る可からしむるも、學ばざれば、其の知ること狂に若ず。故に凡そ學は、能く益するに非ざるなり。天性に達するなり。能く天の生ずる所を全うして、之を敗ること勿き、是を學を善くすと謂う。子張は、魯の鄙家なり。顏涿聚は、梁父の大盜なり、孔子に學ぶ。段干木は、晉國の大駔なり、子夏に學ぶ。高何・縣子石は、齊國の暴者なり、郷曲に指ささるも、子墨子に學ぶ。索盧參は、東方の鉅狡なり、禽滑黎に學ぶ。此の六人、刑戮死辱の人なり、今、徒だに刑戮死辱を免るるのみに非ず、此に由りて天下の名士顯人と為り、以て其の壽を終え、王公大人も從いて之を禮す。此れ之を學に得ればなり。
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呂氏春秋・尊師⑤君子の學は、義を説くに必ず師を稱して以て道を論じ、聽從するに必ず力を盡くして以て光明にす。聽從するに力を盡くさざる、之を命けて背と曰い、義を説くに師を稱せざる、之を命けて叛と曰う。背叛の人、賢主は之を朝に內れず、君子は與に交友せず。故に教えなる者は、義の大なる者なり。學なる者は、知の盛なる者なり。義の大なる者は、人を利するより大なるは莫く、人を利するは教えより大なるは莫し。知の盛なる者は、身を成すより大なるは莫く、身を成すは學より大なるは莫し。身成なれば、則ち人の子と為りては使せずして孝に、人臣と為りては令せずして忠に、人に君と為りては彊いずして平らかなり。大勢を有すれば、以て天下の正と為す可し。故に子貢、孔子に問いて曰く、「後世將に何を以て夫子を稱せん。」孔子曰く、「吾何ぞ以て稱するに足らんや。已むこと勿くんば、則ち學を好みて厭かず、教えを好みて倦まず。其れ惟だ此れのみか。」天子、太學に入りて先聖を祭れば、則ち嘗て師為る者を齒べて臣とせず。學を敬すると師を尊ぶとを見わす所以なり。
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呂氏春秋・勸學①先王の教えは、孝より榮なるは莫く、忠より顯なるは莫し。忠孝は、人君人親の甚だ欲する所なり。顯榮は、人子人臣の甚だ願う所なり。然れども人君人親、其の欲する所を得ず、人子人臣、其の願う所を得ず。此れ理義を知らざるより生ず。理義を知らざるは、學ばざるより生ず。學ぶ者、師達して材有れば、吾未だ其の聖人為らざるを知らず。聖人の在る所は、則ち天下理る。右に在れば則ち右重く、左に在れば則ち左重し、是の故に古の聖王、未だ師を尊ばざる者有らざるなり。師を尊ぶには則ち其の貴賤貧富を論ぜず。此くの若くなれば則ち名號顯われ、德行彰わる。故に師の教えたるや、輕重尊卑貧富を争わずして、道を爭う。其の人苟くも可なれば、其の事、可ならざる無く、求むる所盡く得、欲する所盡く成る。此れ聖人を得るより生ず。聖人は學に疾むるより生ず。學に疾めずして、能く魁士名人と為る者は、未だ之れ嘗て有らざるなり。學に疾むるは師を尊ぶに在り。師尊ぶるれば則ち言信ぜられ、道論ぜらる。故に往きて教うる者は化せず、師を召す者は化せられず。自ら卑くする者は聽かれず、師を卑しむ者は聽かず。師、化せず聽かれざるの術を操りて、以て彊いて之を教え、道の行われ、身の尊ばるることを欲するも、亦た遠からずや。學ぶ者、化せられず聽かざるの勢に處りて、以て自ら行い、名の顯われ、身の安からんことを欲するや、是れ腐を懐きて香を欲するなり。是れ水に入りて濡るることを惡むなり。
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孔子家語・六本孔子曰わく、「吾死するの後、則ち商や日々に益し、賜や日々に損せん。」曾子曰わく、「何の謂いぞや。」子曰わく、「商や、己より賢れる者と処るを好み、賜や、己に若かざる者を説ぶを好む。其の子を知らざれば、其の父を視よ。其の人を知らざれば、其の友を視よ。其の君を知らざれば、其の使う所を視よ。其の地を知らざれば、其の草木を視よ。故に曰わく、『善人と居るは、芝蘭の室に入るが如し、久しくして其の香を聞かず、即ち之れと化す。不善人と居るは、鮑魚の肆に入るが如し、久しくして其の臭を聞かず、亦た之れと化す。』丹の蔵する所は赤く、漆の蔵する所は黒し。是を以て君子は必ず其の与に処る所を慎むなり。」