孔子家語 / 六本
孔子曰:「吾死之後,則商也日益,賜也日損。」曾子曰:「何謂也?」子曰:「商也,好與賢己者處;賜也,好說不若己者。不知其子,視其父;不知其人,視其友;不知其君,視其所使;不知其地,視其草木。故曰:『與善人居,如入芝蘭之室,久而不聞其香;即與之化矣。與不善人居,如入鮑魚之肆,久而不聞其臭;亦與之化矣。』丹之所藏者,赤;漆之所藏者,黑。是以君子必慎其所與處者焉。」
新字:孔子曰:「吾死之後,則商也日益,賜也日損。」曽子曰:「何謂也?」子曰:「商也,好与賢己者処;賜也,好説不若己者。不知其子,視其父;不知其人,視其友;不知其君,視其所使;不知其地,視其草木。故曰:『与善人居,如入芝蘭之室,久而不聞其香;即与之化矣。与不善人居,如入鮑魚之肆,久而不聞其臭;亦与之化矣。』丹之所蔵者,赤;漆之所蔵者,黒。是以君子必慎其所与処者焉。」
書き下し
孔子曰わく、「吾死するの後、則ち商や日々に益し、賜や日々に損せん。」曾子曰わく、「何の謂いぞや。」子曰わく、「商や、己より賢れる者と処るを好み、賜や、己に若かざる者を説ぶを好む。其の子を知らざれば、其の父を視よ。其の人を知らざれば、其の友を視よ。其の君を知らざれば、其の使う所を視よ。其の地を知らざれば、其の草木を視よ。故に曰わく、『善人と居るは、芝蘭の室に入るが如し、久しくして其の香を聞かず、即ち之れと化す。不善人と居るは、鮑魚の肆に入るが如し、久しくして其の臭を聞かず、亦た之れと化す。』丹の蔵する所は赤く、漆の蔵する所は黒し。是を以て君子は必ず其の与に処る所を慎むなり。」
現代語訳
孔子は言った。「私が死んだ後、子夏(商)は日に日に進歩し、子貢(賜)は日に日に後退するだろう。」曾子が「どういうことでしょうか」と尋ねると、孔子は言った。「子夏は自分より優れた者と一緒にいることを好み、子貢は自分より劣った者を相手に喜ぶことを好む。その子を知りたければ、その父を見よ。その人を知りたければ、その友を見よ。その君主を知りたければ、その用いる家臣を見よ。その土地を知りたければ、そこに生える草木を見よ、と言うのはそのためだ。だから言う、『善人と一緒にいるのは、蘭の香る部屋に入るようなもので、長くいるとその香りに気づかなくなるが、それは自分自身がその香りに染まってしまったからだ。不善の人と一緒にいるのは、塩漬け魚を売る店に入るようなもので、長くいるとその臭いに気づかなくなるが、それも自分自身がその臭いに染まってしまったからだ』と。丹(朱)を保管する容器は赤く染まり、漆を保管する容器は黒く染まる。だから君子は、必ず誰と一緒にいるかを慎重に選ぶのである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・致思子貢孔子に問いて曰わく、「死者は知有りや、将た知無きや。」 子曰わく、「吾死の知有るを言わんと欲すれば、将た孝子順孫の生を妨げて以て死を送らんことを恐る。吾死の知無きを言わんと欲すれば、将た不孝の子其の親を棄てて葬らざらんことを恐る。賜死者の知有ると知無きとを知らんと欲すること莫かれ。今の急に非ず、後自ら之を知らん。」
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孔子家語・致思子貢民を治むるを孔子に問う。子曰わく、「懍懍焉として腐索の馬を扞するが若し。」 子貢曰わく、「何ぞ其れ畏るるや。」 孔子曰わく、「夫れ通達禦する皆人なり。道を以て之を導けば、則ち吾が畜なり。道を以て之を導かざれば、則ち吾が讎なり。之を如何ぞ其れ畏るる無からんや。」
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荀子・大略篇子貢(しこう)孔子に問ひて曰く、「賜(し)は学に倦(う)めり、願はくは君に事(つか)ふるに息(いこ)はん」と。孔子曰く、「詩に云ふ、『温恭朝夕、事を執りて恪(かく)有り』と。君に事ふるは難し、君に事ふる焉(いづ)くんぞ息ふべけんや」と。「然らば則ち、賜は親に事ふるに息はんことを願ふ」。孔子曰く、「詩に云ふ、『孝子匱(つ)きず、永く爾(なんぢ)の類に錫(たま)ふ』と。親に事ふるは難し、親に事ふる焉くんぞ息ふべけんや」と。「然らば則ち賜は妻子に息はんことを願ふ」。孔子曰く、「詩に云ふ、『寡妻(かさい)に刑(のっと)り、兄弟に至り、以て家邦を御(をさ)む』と。妻子は難し、妻子焉くんぞ息ふべけんや」と。「然らば則ち賜は朋友に息はんことを願ふ」。孔子曰く、「詩に云ふ、『朋友攸(こ)れ攝(たす)く、攝くるに威儀を以てす』と。朋友は難し、朋友焉くんぞ息ふべけんや」と。「然らば則ち賜は耕すに息はんことを願ふ」。孔子曰く、「詩に云ふ、『昼は爾于(ここ)に茅(かや)かり、宵は爾于に綯(なは)を索(な)ふ。亟やかに其れ屋に乗り、其れ始めて百穀を播(ま)く』と。耕すは難し、耕す焉くんぞ息ふべけんや」と。「然らば則ち賜に息ふ者無きか」。孔子曰く、「其の壙(こう)を望めば、皋(こう)如たり、顛(てん)如たり、鬲(かく)如たり。此れ則ち息ふ所を知らん」と。子貢曰く、「大なるかな、死や。君子は焉(ここ)に息ひ、小人は焉に休す」と。
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史記 仲尼弟子列伝端木賜、衛人、字は子貢。孔子より少きこと三十一歳。子貢は利口巧辞なり、孔子常に其の弁を黜く。問ひて曰く、「汝と回と孰れか愈れる」と。対へて曰く、「賜や何ぞ敢て回を望まん。回や一を聞きて以て十を知り、賜や一を聞きて以て二を知る」と。子貢既に業を受け、問ひて曰く、「賜は何人ぞや」と。孔子曰く、「汝は器なり」と。曰く、「何の器ぞや」と。曰く、「瑚璉なり」と。子貢問ひて曰く、「富みて驕る無く、貧しくして諂ふ無きは、何如」と。孔子曰く、「可なり、貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好むには如かず」と。
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論語 公冶長篇子貢曰く、『賜は何如。』子曰く、『女(なんじ)は器なり。』『何の器ぞ。』『瑚璉(これん)なり。』
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孔子家語・致思魯国の法、人の臣妾を諸侯に贖う者は、皆金を府より取る。子貢之を贖い、辞して金を取らず。 孔子之を聞きて曰わく、「賜之を失えり。夫れ聖人の事を挙ぐるや、以て風を移し俗を易う可く、教導以て百姓に施す可し、独り身に適するの行いのみに非ざるなり。今魯国富む者は寡くして貧しき者は衆し、人を贖いて金を受くれば則ち不廉と為さば、則ち何を以て相い贖わんや。今より以後、魯人復た人を諸侯に贖わじ。」