呂氏春秋 / 本生②
夫水之性清,土者抇之,故不得清。人之性壽,物者抇之,故不得壽。物也者,所以養性也,非所以性養也。今世之人,惑者多以性養物,則不知輕重也。不知輕重,則重者為輕,輕者為重矣。若此,則每動無不敗。以此為君悖,以此為臣亂,以此為子狂。三者國有一焉,無幸必亡。
新字:夫水之性清,土者抇之,故不得清。人之性寿,物者抇之,故不得寿。物也者,所以養性也,非所以性養也。今世之人,惑者多以性養物,則不知軽重也。不知軽重,則重者為軽,軽者為重矣。若此,則毎動無不敗。以此為君悖,以此為臣乱,以此為子狂。三者国有一焉,無幸必亡。
書き下し
夫れ水の性は清し。土は之を抇す。故に清きを得ず。人の性は壽し。物は之を抇す。故に壽きを得ず。物なる者は、性を養う所以にして、性を以て養う所に非ざるなり。今の世の人、惑う者、多く性を以て物を養う。則ち輕重を知らざるなり。輕重を知らざれば、則ち重き者を輕しと為し、輕き者を重しと為す。此の若ければ、則ち動く毎に敗れざる無し。此を以て君と為れば悖り、此を以て臣と為れば亂り、此を以て子と為れば狂う。三者、國に一も有れば、幸い無くして必ず亡びん。
現代語訳
そもそも水の本性は澄んでいるが、土がかき混ぜるから澄めない。人の本性は長命であるはずだが、外物(欲望の対象)がかき乱すから長生きできない。外物とは本性を養うための手段であって、本性を犠牲にして外物を養うためのものではない。ところが今の世の惑わされた人は、多く本性をすり減らして外物(財や快楽)を肥やしている。これは軽重をわきまえていないのだ。軽重を取り違えれば、重いものを軽んじ、軽いものを重んじることになる。こうなると、動くたびに失敗しないことはない。この誤りで君主となれば道に背き、臣下となれば乱を起こし、子となれば道を外れる。この三つのうち一つでも国にあれば、まぐれの幸運でもない限り、必ず滅びる。
解説
命(本性)と外物のどちらが重いのかを説く段です。財産や快楽といった外物は、本来わが身の生を養うための手段にすぎません。ところが人はしばしば主客を逆転させ、外物を得るために自分の生命をすり減らしてしまう。これを「軽重を知らず」と鋭く突いています。水が土でかき濁るように、人の本性も欲望の対象にかき乱されて損なわれる、というのです。何が目的で何が手段か、その優先順位を取り違えれば、あらゆる判断が狂い、君主でも臣下でも身を滅ぼす。現代でいえば、健康や大切なものを犠牲にして目先の利益を追う生き方への警告として読めます。軽重の順序をわきまえることの大切さを説く一段です。
この章句が説くこと
本生養生軽重欲望主客転倒養性
関連する章句
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呂氏春秋・本生③今、此に聲有り。耳に之を聽けば必ず慊し。已に之を聽けば、則ち人をして聾ならしめば、必ず聽かざらん。此に色有り。目に之を視れば必ず慊し。已に之を視れば、則ち人をして盲ならしめば、必ず視ざらん。此に味有り。口に之を食らえば必ず慊し。已に之を食らえば、則ち人をして瘖ならしめば、必ず食らわざらん。是の故に聖人の聲色滋味に於けるや、性に利あれば則ち之を取り、性に害あれば則ち之を舎つ。此れ性を全くするの道なり。世の貴富なる者は、其の聲色滋味に於けるや、惑える者多し。日夜に求め、幸にして之を得れば則ち遁す。遁すれば、性惡くんぞ傷なわざるを得ん。
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呂氏春秋・重己①垂は至巧なり。人、垂の指を愛せずして己の指を愛するは、之を有するの利なるが故なり。人、崑山の玉・江漢の珠を愛せずして己の一蒼璧・小璣を愛するは、之を有するの利なるが故なり。今、吾が生の我が有為りて、我を利するは亦た大なり。其の貴賤を論ずるに、爵は天子と為るも、以て焉に比ぶるに足らず。其の輕重を論ずるに、富は天下を有するも、以て之に易う可からず。其の安危を論ずるに、一曙に之を失わば、身を終うるまで復びは得ず。此の三者は道有る者の慎む所なり。之を慎みて反って之を害する者有るは、性命の情に達せざればなり。性命の情に達せざれば、之を慎むも何の益かあらん。是れ師者の子を愛するや、之に枕せしむるに糠を以てするを免れず。是れ聾者の嬰児を養うや、雷に方りて之を堂に窺わしむ。殊に慎むを知らざる者有り。夫の慎むを知らざる者は、是れ死生存亡・可不可の、未だ始めより別有らざるなり。未だ始めより別有らざる者は、其の謂う所の是とは未だ嘗て是にあらず、其の謂う所の非とは未だ嘗て非にあらず。是とは其の謂う所の非なり、非とは其の謂う所の是なり。此を之れ大惑と謂う。此くの若き人は、天の禍いする所なり。此を以て身を治むれば、必ず死し必ず殃いす。此を以て國を治むれば、必ず殘い必ず亡びん。夫の死殃殘亡は、自ら至るに非ざるなり、惑いの之を召すなり。壽の長きに至るも常に亦た然り。故に道有る者は、召す所を察せずして、其の之を召す者を察す。則ち其の至るは禁ず可からず。此の論は熟せざる可からず。
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呂氏春秋・本生⑤貴富にして道を知らずんば、適に以て患いと為すに足るのみ、貧賤なるに如かず。貧賤の物を致すや難し、之に過ぎんと欲すと雖も奚にか由らん。出づるには則ち車を以てし、入るには則ち輦を以てし、務めて以て自ら佚す。之を命けて招蹶の機と曰う。肥肉厚酒、務めて以て自ら彊うる。之を命けて爛腸の食と曰う。靡曼皓齒、鄭・衛の音、務めて以て自ら樂しむ。之を命けて伐性の斧と曰う。三患は、貴富の致す所なり。故に古の人、貴富を肯ぜざる者有り。生を重んずるに由るの故なり。夸名を以てするに非ざるなり。其の實を為さんとすればなり。則ち此の論は之れ察せざる可からざるなり。
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呂氏春秋・本生①始めて之を生ずる者は、天なり。養いて之を成す者は、人なり。能く天の生ずる所を養いて之に攖る勿きを、之れ天子と謂う。天子の動くや、天を全くするを以て故と為す者なり。此れ官の自りて立つ所なり。官を立つるは以て生を全くするなり。今、世の惑主は、官多くして反って以て生を害す。則ち之を立つる所為を失う。之を譬うるに、兵を修むるは、寇に備うるを以てなるを、今兵を修めて反って以て自ら攻むれば、則ち亦た之を修むる所為を失うが若し。
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呂氏春秋・貴生⑤故に曰く、「道の真、以て身を持し、其の緒餘、以て國家を為め、其の土苴、以て天下を治む。」此に由りて之を觀れば、帝王の功は、聖人の餘事なり。身を完くし生を養う所以の道に非ざるなり。今、世俗の君子は、身を危うくし生を棄てて、以て物に徇う。彼且た奚にか此を以て之かんとするや、彼且た奚にか此を以て為さんとするや。
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呂氏春秋・情欲③古人の道を得る者、生は以て壽長く、聲色滋味、能く久しく之を樂しむは、奚の故ぞ。論早く定まればなり。論早く定まれば、則ち早く嗇しむことを知る。早く嗇しむことを知れば、則ち精竭きず。秋早く寒ければ、則ち冬必ず煖かく、春多く雨ふれば則ち夏必ず旱す。天地すら兩つながらする能わず。而るを況んや人類に於いてをや。人と天地とは同じなり。萬物の形異なると雖も、其の情は一體なり。故に古の身と天下とを治むる者は、必ず天地に法るなり。尊、酌む者衆ければ則ち速く盡く。萬物の、大貴の生を酌む者衆し。故に大貴の生は常に速やかに盡く。徒に萬物之を酌むのみに非ず。又其の生を損して以て天下の人に資え、而も終に自ら知らず。功、外に成ると雖も、生、内に虧き、耳は以て聽く可からず、目は以て視る可からず、口は以て食らう可からず、胸中大いに擾れ、妄言想見す。死に臨むの上、顛倒驚懼して、為す所を知らず。心を用うること此くの如し。豈に悲しからずや。