呂氏春秋 / 貴生⑤
故曰:道之真,以持身;其緒餘,以為國家;其土苴,以治天下。由此觀之,帝王之功,聖人之餘事也,非所以完身養生之道也。今世俗之君子,危身棄生以徇物,彼且奚以此之也?彼且奚以此為也?
新字:故曰:道之真,以持身;其緒余,以為国家;其土苴,以治天下。由此観之,帝王之功,聖人之余事也,非所以完身養生之道也。今世俗之君子,危身棄生以徇物,彼且奚以此之也?彼且奚以此為也?
書き下し
故に曰く、「道の真、以て身を持し、其の緒餘、以て國家を為め、其の土苴、以て天下を治む。」此に由りて之を觀れば、帝王の功は、聖人の餘事なり。身を完くし生を養う所以の道に非ざるなり。今、世俗の君子は、身を危うくし生を棄てて、以て物に徇う。彼且た奚にか此を以て之かんとするや、彼且た奚にか此を以て為さんとするや。
現代語訳
だから昔から言う、『道の真髄はわが身をたもつために用い、その残りで国家を治め、そのかすで天下を治める』と。こう見れば、帝王としての功業は聖人にとってはついでの仕事にすぎず、身をまっとうし生命を養うための本来の道ではない。ところが今の世間の君子は、身を危険にさらし生命を捨ててまで、外物(名利)を追い求める。彼らはいったい、それでどこへ行こうというのか、それでいったい何をしようというのか。
解説
この段は、道家的な言葉を引いて、養生と政治の優先順位を説きます。道の真髄でわが身をたもち、余りで国家を、かすで天下を治めるという言い方は、身を養うことこそ根本で、天下を治める功業はその余技にすぎないという価値の逆転を示します。呂氏春秋はこれを踏まえ、生命を捨ててまで名利という外物を追う世間の君子を批判します。何のために身を損なうのかと問いかけ、生を貴ぶ立場を際立たせています。現代でも、成果や地位という外物のために健康や人生そのものを犠牲にしていないか、本末を取り違えていないかを問い直す視点として読むことができます。
この章句が説くこと
貴生道の真養生外物本末名利
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