呂氏春秋 / 本生⑤
貴富而不知道,適足以為患,不如貧賤。貧賤之致物也難,雖欲過之奚由?出則以車,入則以輦,務以自佚,命之曰招蹷之機。肥肉厚酒,務以自彊,命之曰爛腸之食。靡曼皓齒,鄭、衛之音,務以自樂,命之曰伐性之斧。三患者,貴富之所致也。故古之人有不肯貴富者矣,由重生故也,非夸以名也,為其實也。則此論之不可不察也。
新字:貴富而不知道,適足以為患,不如貧賤。貧賤之致物也難,雖欲過之奚由?出則以車,入則以輦,務以自佚,命之曰招蹷之機。肥肉厚酒,務以自彊,命之曰爛腸之食。靡曼皓齒,鄭、衛之音,務以自楽,命之曰伐性之斧。三患者,貴富之所致也。故古之人有不肯貴富者矣,由重生故也,非夸以名也,為其実也。則此論之不可不察也。
書き下し
貴富にして道を知らずんば、適に以て患いと為すに足るのみ、貧賤なるに如かず。貧賤の物を致すや難し、之に過ぎんと欲すと雖も奚にか由らん。出づるには則ち車を以てし、入るには則ち輦を以てし、務めて以て自ら佚す。之を命けて招蹶の機と曰う。肥肉厚酒、務めて以て自ら彊うる。之を命けて爛腸の食と曰う。靡曼皓齒、鄭・衛の音、務めて以て自ら樂しむ。之を命けて伐性の斧と曰う。三患は、貴富の致す所なり。故に古の人、貴富を肯ぜざる者有り。生を重んずるに由るの故なり。夸名を以てするに非ざるなり。其の實を為さんとすればなり。則ち此の論は之れ察せざる可からざるなり。
現代語訳
富貴でありながら道を知らなければ、それはかえって災いのもとになるだけで、貧賤であるほうがましだ。貧賤の身では物を手に入れるのが難しく、度を越して贅沢しようにも手立てがない。ところが富貴の者は、外出には車、屋内では手引き車を使い、ひたすら身を楽にしようとする。これを「足なえを招く仕掛け」と呼ぶ。脂ののった肉と濃い酒でひたすら精をつけようとする。これを「腸を爛れさせる食」と呼ぶ。なめらかな柔肌と白い歯の美女、鄭・衛の淫らな音楽で、ひたすら楽しもうとする。これを「本性を切り倒す斧」と呼ぶ。この三つの災いは、いずれも富貴がもたらすものだ。だから昔の人には富貴を求めなかった者がいた。それは命を重んじたからであって、名声を飾るためではなく、生をまっとうする実を得るためであった。この議論は、よくよく考えねばならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・本生②夫れ水の性は清し。土は之を抇す。故に清きを得ず。人の性は壽し。物は之を抇す。故に壽きを得ず。物なる者は、性を養う所以にして、性を以て養う所に非ざるなり。今の世の人、惑う者、多く性を以て物を養う。則ち輕重を知らざるなり。輕重を知らざれば、則ち重き者を輕しと為し、輕き者を重しと為す。此の若ければ、則ち動く毎に敗れざる無し。此を以て君と為れば悖り、此を以て臣と為れば亂り、此を以て子と為れば狂う。三者、國に一も有れば、幸い無くして必ず亡びん。
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呂氏春秋・本生③今、此に聲有り。耳に之を聽けば必ず慊し。已に之を聽けば、則ち人をして聾ならしめば、必ず聽かざらん。此に色有り。目に之を視れば必ず慊し。已に之を視れば、則ち人をして盲ならしめば、必ず視ざらん。此に味有り。口に之を食らえば必ず慊し。已に之を食らえば、則ち人をして瘖ならしめば、必ず食らわざらん。是の故に聖人の聲色滋味に於けるや、性に利あれば則ち之を取り、性に害あれば則ち之を舎つ。此れ性を全くするの道なり。世の貴富なる者は、其の聲色滋味に於けるや、惑える者多し。日夜に求め、幸にして之を得れば則ち遁す。遁すれば、性惡くんぞ傷なわざるを得ん。
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呂氏春秋・貴生⑦子華子曰く、「全生を上と為し、虧生之に次ぎ、死之に次ぎ、迫生を下と為す。」故に所謂生を尊ぶとは、全生の謂なり。所謂全生とは、六欲皆其の宜しきを得るなり。所謂虧生とは、六欲分ば其の宜しきを得るなり。虧生は則ち其の之を尊ぶ者に於いて薄きなり。其の虧くこと彌々甚だしき者は、其の尊ぶこと彌々薄し。所謂死とは、以て知る所有る無く、其の未生に復るなり。所謂迫生とは、六欲其の宜しきを得ること莫く、皆其の甚だしく惡む所の者を獲。服是れなり、辱是れなり。辱は不義より大なるは莫し。故に不義は、迫生なり。而して迫生は獨り不義のみに非ざるなり。故に曰く、迫生は死に若かず、と。奚を以て其の然るを知る。耳惡む所を聞くは、聞くこと無きに若かず。目惡む所を見るは、見ること無きに若かず。故に雷すれば則ち耳を揜い、電すれば則ち目を揜う。此れ其の比なり。凡て六欲の者、皆其の甚だしく惡む所を知りて、而も必ず免るることを得ざれば、以て知る所有る無きに若かず。以て知る所有る無きとは、死の謂なり。故に迫生は死に若かず。肉を嗜むとは、腐鼠の謂に非ざるなり。酒を嗜むとは、敗酒の謂に非ざるなり。生を尊ぶとは、迫生の謂に非ざるなり。
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呂氏春秋・貴生⑤故に曰く、「道の真、以て身を持し、其の緒餘、以て國家を為め、其の土苴、以て天下を治む。」此に由りて之を觀れば、帝王の功は、聖人の餘事なり。身を完くし生を養う所以の道に非ざるなり。今、世俗の君子は、身を危うくし生を棄てて、以て物に徇う。彼且た奚にか此を以て之かんとするや、彼且た奚にか此を以て為さんとするや。
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呂氏春秋・情欲③古人の道を得る者、生は以て壽長く、聲色滋味、能く久しく之を樂しむは、奚の故ぞ。論早く定まればなり。論早く定まれば、則ち早く嗇しむことを知る。早く嗇しむことを知れば、則ち精竭きず。秋早く寒ければ、則ち冬必ず煖かく、春多く雨ふれば則ち夏必ず旱す。天地すら兩つながらする能わず。而るを況んや人類に於いてをや。人と天地とは同じなり。萬物の形異なると雖も、其の情は一體なり。故に古の身と天下とを治むる者は、必ず天地に法るなり。尊、酌む者衆ければ則ち速く盡く。萬物の、大貴の生を酌む者衆し。故に大貴の生は常に速やかに盡く。徒に萬物之を酌むのみに非ず。又其の生を損して以て天下の人に資え、而も終に自ら知らず。功、外に成ると雖も、生、内に虧き、耳は以て聽く可からず、目は以て視る可からず、口は以て食らう可からず、胸中大いに擾れ、妄言想見す。死に臨むの上、顛倒驚懼して、為す所を知らず。心を用うること此くの如し。豈に悲しからずや。
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呂氏春秋・重己①垂は至巧なり。人、垂の指を愛せずして己の指を愛するは、之を有するの利なるが故なり。人、崑山の玉・江漢の珠を愛せずして己の一蒼璧・小璣を愛するは、之を有するの利なるが故なり。今、吾が生の我が有為りて、我を利するは亦た大なり。其の貴賤を論ずるに、爵は天子と為るも、以て焉に比ぶるに足らず。其の輕重を論ずるに、富は天下を有するも、以て之に易う可からず。其の安危を論ずるに、一曙に之を失わば、身を終うるまで復びは得ず。此の三者は道有る者の慎む所なり。之を慎みて反って之を害する者有るは、性命の情に達せざればなり。性命の情に達せざれば、之を慎むも何の益かあらん。是れ師者の子を愛するや、之に枕せしむるに糠を以てするを免れず。是れ聾者の嬰児を養うや、雷に方りて之を堂に窺わしむ。殊に慎むを知らざる者有り。夫の慎むを知らざる者は、是れ死生存亡・可不可の、未だ始めより別有らざるなり。未だ始めより別有らざる者は、其の謂う所の是とは未だ嘗て是にあらず、其の謂う所の非とは未だ嘗て非にあらず。是とは其の謂う所の非なり、非とは其の謂う所の是なり。此を之れ大惑と謂う。此くの若き人は、天の禍いする所なり。此を以て身を治むれば、必ず死し必ず殃いす。此を以て國を治むれば、必ず殘い必ず亡びん。夫の死殃殘亡は、自ら至るに非ざるなり、惑いの之を召すなり。壽の長きに至るも常に亦た然り。故に道有る者は、召す所を察せずして、其の之を召す者を察す。則ち其の至るは禁ず可からず。此の論は熟せざる可からず。