了凡四訓 / 積善之方・人の人為る所以は惟だ此の惻隱の心のみ
何謂愛惜物命?凡人之所以為人者,惟此惻隱之心而已;求仁者求此,積德者積此。周禮、孟春之月,犧牲毋用牝。孟子謂君子遠庖廚,所以全吾惻隱之心也。故前輩有四不食之戒,謂聞殺不食、見殺不食、自養者不食、專為我殺者不食。學者未能斷肉,且當從此戒之。 漸漸增進,慈心愈長。不特殺生當戒,蠢動含靈,皆為物命。求絲煮繭,鋤地殺蟲,念衣食之由來,皆殺彼以自活。故暴殄之孽,當於殺生等。至於手所誤傷,足所誤踐者,不知其幾,皆當委曲防之。古詩云:愛鼠常留飯,憐蛾不點燈。何其仁也? 善行無窮,不能殫述;由此十事而推廣之,則萬德可備矣。
新字:何謂愛惜物命?凡人之所以為人者,惟此惻隠之心而已;求仁者求此,積徳者積此。周礼、孟春之月,犠牲毋用牝。孟子謂君子遠庖廚,所以全吾惻隠之心也。故前輩有四不食之戒,謂聞殺不食、見殺不食、自養者不食、専為我殺者不食。学者未能断肉,且当従此戒之。 漸漸增進,慈心愈長。不特殺生当戒,蠢動含霊,皆為物命。求糸煮繭,鋤地殺虫,念衣食之由来,皆殺彼以自活。故暴殄之孽,当於殺生等。至於手所誤傷,足所誤践者,不知其幾,皆当委曲防之。古詩云:愛鼠常留飯,憐蛾不点灯。何其仁也? 善行無窮,不能殫述;由此十事而推広之,則万徳可備矣。
書き下し
何をか物命を愛惜すと謂ふ。凡そ人の人為る所以の者は、惟だ此の惻隱の心のみ。仁を求むる者は此を求め、德を積む者は此を積む。周禮に、孟春の月、犧牲に牝を用ゐること毋かれ、と。孟子謂ふ、君子は庖廚を遠ざく、と。吾が惻隱の心を全うする所以なり。故に前輩に四不食の戒め有り。謂ふこころは、殺すを聞けば食はず、殺すを見れば食はず、自ら養ふ者は食はず、專ら我が為に殺す者は食はず、と。學者未だ肉を斷つ能はずんば、且く當に此より之を戒むべし。 漸漸に增進すれば、慈心愈々長ず。特に殺生を當に戒むべきのみならず、蠢動含靈、皆な物命為り。絲を求めて繭を煮、地を鋤きて蟲を殺す。衣食の由來を念へば、皆な彼を殺して以て自ら活く。故に暴殄の孽は、當に殺生と等しかるべし。手の誤りて傷つくる所、足の誤りて踐む所に至りては、其の幾ばくなるかを知らず。皆な當に委曲して之を防ぐべし。古詩に云ふ、鼠を愛して常に飯を留め、蛾を憐れみて燈を點ぜず、と。何ぞ其れ仁なるや。 善行は窮まり無く、殫く述ぶる能はず。此の十事よりして之を推し廣むれば、則ち萬德備はるべし。
現代語訳
生き物の命を愛おしむとは何でしょうか。およそ人が人である理由は、ただこの惻隠の心(あわれみの心)にあります。仁を求める者はこれを求め、徳を積む者はこれを積むのです。『周礼』には「春の最初の月には、いけにえに雌を用いてはならない」とあります。孟子は「君子は台所を遠ざける」と言いました。それは自分の惻隠の心を損なわないためです。だから先人には「四つの食べない」という戒めがありました。殺すのを聞いたものは食べない、殺すのを見たものは食べない、自分で飼ったものは食べない、わざわざ自分のために殺したものは食べない、というものです。学ぶ者でまだ肉を断てない人は、ひとまずここから戒めていくのがよいでしょう。 少しずつ進めていけば、慈しみの心はますます育っていきます。殺生を戒めるだけではありません。うごめく虫や命あるものはすべて、生き物の命です。絹糸を取るために繭を煮、畑を耕して虫を殺します。衣食の由来を思えば、みな他の命を殺して自分が生きているのです。だから物をむやみに粗末にする罪は、殺生と同じだと考えるべきです。手でうっかり傷つけ、足でうっかり踏んでしまう命は、どれほどあるか分かりません。どれも細やかに気を配って防ぐべきです。古い詩に「鼠を愛して、いつも飯を残しておく。蛾を哀れんで、灯をともさない」とあります。なんと仁の深いことでしょう。 善い行いには限りがなく、すべてを述べ尽くすことはできません。この十の事から推し広げていけば、あらゆる徳が備わるでしょう。
解説

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