了凡四訓 / 改過之法・最上なる者は心を治む
大抵最上者治心,當下清淨;纔動即覺,覺之即無。苟未能然,須明理以遣之;又未能然,須隨事以禁之。以上事而兼行下功,未為失策;執下而昧上,則拙矣。 顧發願改過,明須良朋提醒,幽須鬼神證明。一心懺悔,晝夜不懈,經一七、二七,以至一月、二月、三月,必有效驗:或覺心神恬曠;或覺智慧頓開;或處冗沓而觸念皆通;或遇怨仇而回瞋作喜;或夢吐黑物;或夢往聖先賢,提攜接引;或夢飛步太虛;或夢幢幡寶蓋。種種勝事,皆過消罪滅之象也。然不得執此自高,畫而不進。
新字:大抵最上者治心,当下清浄;纔動即覚,覚之即無。苟未能然,須明理以遣之;又未能然,須随事以禁之。以上事而兼行下功,未為失策;執下而昧上,則拙矣。 顧発願改過,明須良朋提醒,幽須鬼神証明。一心懺悔,昼夜不懈,経一七、二七,以至一月、二月、三月,必有効験:或覚心神恬曠;或覚智慧頓開;或処冗沓而触念皆通;或遇怨仇而回瞋作喜;或夢吐黒物;或夢往聖先賢,提攜接引;或夢飛歩太虚;或夢幢幡宝蓋。種種勝事,皆過消罪滅之象也。然不得執此自高,画而不進。
書き下し
大抵最上なる者は心を治め、當下に清淨なり。纔かに動けば即ち覺り、之を覺れば即ち無し。苟くも未だ然る能はずんば、須く理を明らかにして以て之を遣るべし。又た未だ然る能はずんば、須く事に隨ひて以て之を禁ずべし。上事を以てして兼ねて下功を行ふは、未だ失策と為さず。下を執りて上に昧きは、則ち拙なり。 顧ふに願を發して過を改むるには、明には良朋の提醒を須ち、幽には鬼神の證明を須つ。一心に懺悔し、晝夜懈らず、一七・二七を經て、以て一月・二月・三月に至れば、必ず效驗有り。或いは心神の恬曠なるを覺え、或いは智慧の頓に開くるを覺え、或いは冗沓に處りて念に觸れて皆な通じ、或いは怨仇に遇ひて瞋を回らして喜と作し、或いは夢に黑物を吐き、或いは夢に往聖先賢の提攜接引し、或いは夢に太虛を飛步し、或いは夢に幢幡寶蓋あり。種種の勝事は、皆な過消え罪滅するの象なり。然れども此れを執りて自ら高しとし、畫りて進まざるを得ず。
現代語訳
おおよそ最上の方法は心を治めることで、その場ですぐに清らかになります。思いがわずかに動けばすぐに気づき、気づけばすぐに消えます。もしそこまでできないなら、道理を明らかにして過ちを追い払わなければなりません。それもできないなら、事に即してその行いを禁じなければなりません。上の方法を用いながら下の工夫もあわせて行うのは、失策ではありません。しかし下の方法にしがみついて上の方法を知らないのは、拙いやり方です。思うに、願を立てて過ちを改めるには、表では良い友人に注意を促してもらい、裏では鬼神に証人となってもらう必要があります。一心に懺悔し、昼も夜も怠らず、七日、十四日と経て、一か月、二か月、三か月に至れば、必ず効き目が現れます。心が安らかで広々とするのを感じたり、知恵がにわかに開けるのを感じたり、こみ入った雑務の中にいても思うことがすべて通じたり、恨みのある相手に会っても怒りを転じて喜びとしたり、黒いものを吐く夢を見たり、昔の聖人や先の賢者が手を取って導いてくれる夢を見たり、大空を飛び歩く夢を見たり、幢幡や宝蓋(仏殿の飾り)の夢を見たりします。こうしたさまざまな優れた兆しは、みな過ちが消え罪が滅びたしるしです。しかし、これにとらわれて自ら思い上がり、そこで区切って進まなくなってはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『了凡四訓』改過之法・皆な作孽の相なり然れども人の過惡深重なる者も、亦た效驗有り。或いは心神昏塞して、頭を轉ずれば即ち忘れ、或いは事無くして常に煩惱し、或いは君子を見て赧然として消沮し、或いは正論を聞きて樂しまず、或いは惠を施して人反って怨み、或いは夜夢顛倒し、甚だしきは則ち妄言して志を失ふ。皆な作孽の相なり。苟くも一も此に類すれば、即ち須く奮發し、舊を捨てて新を圖るべし。幸はくは自ら誤ること勿かれ。
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『了凡四訓』改過之法・未だ其の事を禁ぜず、先づ其の理を明らかにす前日は殺生し、今殺さざるを戒め、前日は怒り詈り、今怒らざるを戒むるが如き、此れ其の事に就きて之を改むる者なり。外に強制するは、其の難きこと百倍す。且つ病根終に在りて、東に滅すれば西に生ず。究竟廓然の道に非ざるなり。 善く過を改むる者は、未だ其の事を禁ぜずして、先づ其の理を明らかにす。 過の殺生に在るが如きは、即ち思ひて曰く「上帝は生を好み、物は皆な命を戀ふ。彼を殺して己を養ふ、豈に能く自ら安んぜんや。且つ彼の殺さるるや、既に屠割を受け、復た鼎鑊に入る。種種の痛苦、骨髓に徹入す。己の養ふや、珍膏羅列するも、食過ぐれば即ち空し。疏食菜羹も、儘く腹を充たすべし。何ぞ必ずしも彼の生を戕ひて、己の福を損ぜんや」と。
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『了凡四訓』改過之法・過は心に由りて造り、亦た心に由りて改む又た謗りを聞きて怒らざれば、讒燄天を薰ずと雖も、火を舉げて空を焚くが如く、終に將に自ら息まんとす。謗りを聞きて怒れば、巧心力辯すと雖も、春蠶の繭を作るが如く、自ら纏綿を取る。怒りは惟だ益無きのみならず、且つ害有るなり。 其の餘の種種の過惡も、皆な當に理に據りて之を思ふべし。此の理既に明らかなれば、過將に自ら止まんとす。 何をか心に從ひて改むと謂ふ。過に千端有るも、惟だ心の造る所なり。吾が心動かざれば、過安んぞ從りて生ぜん。學ぶ者は好色・好名・好貨・好怒の種種の諸過に於いて、必ずしも類を逐ひて尋ね求めず。但だ當に一心に善を為し、正念現前すべし。邪念自然に污染し上らず。太陽空に當れば、魍魎潛かに消ゆるが如し。此れ精一の真傳なり。過は心に由りて造り、亦た心に由りて改む。毒樹を斬るに、直ちに其の根を斷つが如し。奚ぞ必ずしも枝枝にして伐り、葉葉にして摘まんや。
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『了凡四訓』改過之法・過は久近を論ぜず、惟だ改むるを以て貴しと為す第二に、畏心を發することを要す。天地上に在り、鬼神は欺き難し。吾、過隱微に在りと雖も、天地鬼神、實に之を鑒臨す。重ければ則ち之に百殃を降し、輕ければ則ち其の現福を損ず。吾何ぞ以て懼れざるべけんや。 惟だ此れのみならず。閒居の地も、指視昭然たり。吾之を掩ふこと甚だ密に、之を文ること甚だ巧なりと雖も、肺肝早く露はれ、終に自ら欺き難し。人に覷破せらるれば、一文にも值せず。烏んぞ懍懍たらざるを得んや。 惟だ是れのみならず。一息尚ほ存すれば、彌天の惡も、猶ほ悔い改むべし。古人に一生惡を作し、死に臨みて悔悟し、一善念を發して、遂に善終を得る者有り。一念猛厲なれば、以て百年の惡を滌ぐに足るを謂ふなり。譬へば千年の幽谷も、一燈纔かに照らせば、則ち千年の暗俱に除くが如し。故に過は久近を論ぜず、惟だ改むるを以て貴しと為す。但だ塵世は無常にして、肉身は殞ち易し。一息屬かざれば、改めんと欲するも由無し。明には則ち千百年惡名を擔負し、孝子慈孫と雖も、洗滌する能はず。幽には則ち千百劫獄報に沉淪し、聖賢佛菩薩と雖も、援引する能はず。烏んぞ畏れざるを得んや。
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『了凡四訓』改過之法・春冰の日に遇ふが如し第三に、須く勇心を發すべし。人の過を改めざるは、多く是れ因循退縮なり。吾須く奮然として振作し、遲疑を用ひず、等待を煩はさざるべし。小なる者は芒刺の肉に在るが如く、速やかに與に抉剔す。大なる者は毒蛇の指を嚙むが如く、速やかに與に斬除し、絲毫の凝滯無し。此れ風雷の益為る所以なり。 是の三心を具ふれば、則ち過有れば斯に改むること、春冰の日に遇ふが如し。何ぞ消えざるを患へんや。 然れども人の過は、事上より改むる者有り、理上より改むる者有り、心上より改むる者有り。工夫同じからず、效驗も亦た異なる。
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『了凡四訓』改過之法・未だ善を行ふを論ぜず、先づ須く過を改むべし春秋の諸大夫、人の言動を見て、億りて其の禍福を談ずるに、驗あらざる者靡し。左・國の諸記、觀るべきなり。 大都吉凶の兆は、心に萌して四體に動く。其の厚きに過ぐる者は常に福を獲、薄きに過ぐる者は常に禍に近し。俗眼は多く翳り、未だ定まらずして測るべからざる者有りと謂ふ。 至誠は天に合す。福の將に至らんとするや、其の善を觀て必ず先づ之を知る。禍の將に至らんとするや、其の不善を觀て必ず先づ之を知る。今福を獲て禍を遠ざけんと欲せば、未だ善を行ふを論ぜず、先づ須く過を改むべし。