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了凡四訓 / 改過之法・過は心に由りて造り、亦た心に由りて改む

又聞謗而不怒,雖讒燄薰天,如舉火焚空,終將自息。聞謗而怒,雖巧心力辯,如春蠶作繭,自取纏綿。怒不惟無益,且有害也。 其餘種種過惡,皆當據理思之。此理既明,過將自止。 何謂從心而改?過有千端,惟心所造;吾心不動,過安從生?學者於好色、好名、好貨、好怒種種諸過,不必逐類尋求;但當一心為善,正念現前,邪念自然污染不上。如太陽當空,魍魎潛消,此精一之真傳也。過由心造,亦由心改,如斬毒樹,直斷其根,奚必枝枝而伐,葉葉而摘哉?

新字:又聞謗而不怒,雖讒焔薫天,如舉火焚空,終将自息。聞謗而怒,雖巧心力弁,如春蠶作繭,自取纏綿。怒不惟無益,且有害也。 其余種種過悪,皆当拠理思之。此理既明,過将自止。 何謂従心而改?過有千端,惟心所造;吾心不動,過安従生?学者於好色、好名、好貨、好怒種種諸過,不必逐類尋求;但当一心為善,正念現前,邪念自然汚染不上。如太陽当空,魍魎潜消,此精一之真伝也。過由心造,亦由心改,如斬毒樹,直断其根,奚必枝枝而伐,葉葉而摘哉?

書き下し

又た謗りを聞きて怒らざれば、讒燄天を薰ずと雖も、火を舉げて空を焚くが如く、終に將に自ら息まんとす。謗りを聞きて怒れば、巧心力辯すと雖も、春蠶の繭を作るが如く、自ら纏綿を取る。怒りは惟だ益無きのみならず、且つ害有るなり。 其の餘の種種の過惡も、皆な當に理に據りて之を思ふべし。此の理既に明らかなれば、過將に自ら止まんとす。 何をか心に從ひて改むと謂ふ。過に千端有るも、惟だ心の造る所なり。吾が心動かざれば、過安んぞ從りて生ぜん。學ぶ者は好色・好名・好貨・好怒の種種の諸過に於いて、必ずしも類を逐ひて尋ね求めず。但だ當に一心に善を為し、正念現前すべし。邪念自然に污染し上らず。太陽空に當れば、魍魎潛かに消ゆるが如し。此れ精一の真傳なり。過は心に由りて造り、亦た心に由りて改む。毒樹を斬るに、直ちに其の根を斷つが如し。奚ぞ必ずしも枝枝にして伐り、葉葉にして摘まんや。

現代語訳

また、そしりを聞いても怒らなければ、中傷の炎が天を焦がすほどであっても、火をかかげて空を焼こうとするようなもので、結局はおのずと消えてしまいます。そしりを聞いて怒れば、どれほど心を砕いて弁明しても、春の蚕が繭を作るように、自分で自分をがんじがらめにしてしまいます。怒りは益がないばかりか、害があるのです。そのほかのさまざまな過ちや悪も、みな道理に基づいて考えるべきです。その道理がはっきりすれば、過ちはおのずとやむでしょう。では、心から改めるとはどういうことでしょうか。過ちには千の種類がありますが、すべて心がつくるものです。自分の心が動かなければ、過ちはどこから生まれるでしょうか。学ぶ者は、色を好む、名声を好む、財を好む、怒りを好むといったさまざまな過ちについて、一つひとつ種類ごとに追いかける必要はありません。ただひたすら善を行い、正しい思いを目の前に保てば、邪な思いは自然にしみつきません。太陽が空に昇れば、魑魅魍魎がひそかに消えてしまうようなものです。これが「精一」(心を精しく一つにすること)の真の教えです。過ちは心によってつくられ、また心によって改められます。毒のある木を切るなら、じかにその根を断つようなものです。どうして枝を一本ずつ伐り、葉を一枚ずつ摘む必要があるでしょうか。

解説

前半は怒りについての道理の締めくくり、後半は改過の最上の段階「心の上から改める」の説明です。そしりに怒らなければ中傷は空を焼く火のように自然に消え、怒って言い返せば蚕が繭を作るように自分を縛る、という二つの比喩は鮮やかです。後半では、過ちはすべて心がつくるのだから、心を正せば枝葉の過ちを一つずつ追う必要はないと説きます。精一は『書経』大禹謨の「惟れ精惟れ一」に由来し、心を精しく一つに保つことを指します。悪い癖を一つずつ潰すのは、毒の木の葉を一枚ずつ摘むようなものです。根にある心の向きを正せば、個々の癖はまとめて変わっていく。問題の症状ではなく根本を見るという、今日の改善にも通じる考え方です。

この章句が説くこと

改過正念怒り根本修心

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