了凡四訓 / 改過之法・春冰の日に遇ふが如し
第三,須發勇心,人不改過,多是因循退縮;吾須奮然振作,不用遲疑,不煩等待。小者如芒刺在肉,速與抉剔;大者如毒蛇嚙指,速與斬除,無絲毫凝滯,此風雷之所以為益也。 具是三心,則有過斯改,如春冰遇日,何患不消乎? 然人之過,有從事上改者,有從理上改者,有從心上改者。工夫不同,效驗亦異。
新字:第三,須発勇心,人不改過,多是因循退縮;吾須奮然振作,不用遅疑,不煩等待。小者如芒刺在肉,速与抉剔;大者如毒蛇噛指,速与斬除,無糸毫凝滞,此風雷之所以為益也。 具是三心,則有過斯改,如春冰遇日,何患不消乎? 然人之過,有従事上改者,有従理上改者,有従心上改者。工夫不同,効験亦異。
書き下し
第三に、須く勇心を發すべし。人の過を改めざるは、多く是れ因循退縮なり。吾須く奮然として振作し、遲疑を用ひず、等待を煩はさざるべし。小なる者は芒刺の肉に在るが如く、速やかに與に抉剔す。大なる者は毒蛇の指を嚙むが如く、速やかに與に斬除し、絲毫の凝滯無し。此れ風雷の益為る所以なり。 是の三心を具ふれば、則ち過有れば斯に改むること、春冰の日に遇ふが如し。何ぞ消えざるを患へんや。 然れども人の過は、事上より改むる者有り、理上より改むる者有り、心上より改むる者有り。工夫同じからず、效驗も亦た異なる。
現代語訳
第三に、勇気ある心を起こさなければなりません。人が過ちを改めないのは、多くはぐずぐずして尻込みするからです。奮い立って気持ちを引き締め、ためらわず、待つことをしてはなりません。小さな過ちは肉に刺さったとげのようなもので、すぐにえぐり取ります。大きな過ちは毒蛇に指をかまれたようなもので、すぐに切り捨て、少しもぐずぐずしてはなりません。これが、『易経』で風と雷の卦が「益」となるわけです。この三つの心を備えていれば、過ちがあればすぐに改められ、春の氷が日に当たるように、消えないことを心配する必要はありません。しかし人の過ちには、事の上から改めるもの、道理の上から改めるもの、心の上から改めるものがあります。工夫が違えば、効き目もまた異なります。
解説

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