了凡四訓 / 改過之法・恥の人に於けるや大なり
但改過者,第一,要發恥心。思古之聖賢,與我同為丈夫,彼何以百世可師?我何以一身瓦裂?耽染塵情,私行不義;謂人不知,傲然無愧,將日淪於禽獸而不自知矣。世之可羞、可恥者,莫大乎此。孟子曰:「恥之於人大矣。」以其得之則聖賢,失之則禽獸耳。此改過之要機也。
新字:但改過者,第一,要発恥心。思古之聖賢,与我同為丈夫,彼何以百世可師?我何以一身瓦裂?耽染塵情,私行不義;謂人不知,傲然無愧,将日淪於禽獣而不自知矣。世之可羞、可恥者,莫大乎此。孟子曰:「恥之於人大矣。」以其得之則聖賢,失之則禽獣耳。此改過之要機也。
書き下し
但だ過を改むる者は、第一に、恥心を發することを要す。古の聖賢を思ふに、我と同じく丈夫為り。彼何を以て百世師とすべく、我何を以て一身瓦裂する。塵情に耽染し、私かに不義を行ひ、人知らずと謂ひて、傲然として愧づる無し。將に日に禽獸に淪みて自ら知らざらんとす。世の羞づべく恥づべき者、此れより大なるは莫し。孟子曰く「恥の人に於けるや大なり」と。其の之を得れば則ち聖賢、之を失へば則ち禽獸なるを以てのみ。此れ過を改むるの要機なり。
現代語訳
ただし過ちを改めるには、第一に、恥を知る心を起こさなければなりません。昔の聖人や賢者を思ってみなさい。自分と同じ一人の男です。それなのに、あの人たちはなぜ百代にわたって師と仰がれ、自分はなぜ一身が瓦のように砕けてしまうのか。俗世の欲に染まりきり、ひそかに不義を行い、人は知らないと思って、平然として恥じることもない。こうして日ごとに禽獣へと沈んでいきながら、自分では気づかないのです。世の中で恥ずべきことで、これより大きなものはありません。孟子は「恥は人にとって大きなものだ」と言いました。恥を知れば聖賢となり、恥を失えば禽獣となるからです。これが過ちを改めるための肝心かなめです。
解説
過ちを改めるための三つの心のうち、第一の「恥心」を説く段です。了凡は、昔の聖賢も自分と同じ一人の人間だったのに、なぜ向こうは百代の師となり、自分は砕けた瓦のようなのかと問います。比べる相手を身近な他人ではなく、最も高い手本に置いているのが特徴です。人に知られないからと平然としていることこそ、最も恥ずべきことだと言います。孟子の「恥の人に於けるや大なり」は尽心上の言葉です。恥の感覚は、人から責められて生まれるものではなく、自分の中の理想と今の自分との落差から生まれます。高い手本を持つことが、改める力の出発点になるのです。
この章句が説くこと
改過恥修身聖賢孟子
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