了凡四訓 / 立命之學・三千の善行始めて完る
然行義未純,檢身多誤;或見善而行之不勇,或救人而心常自疑;或身勉為善,而口有過言;或醒時操持,而醉後放逸;以過折功,日常虛度。自己巳歲發願,直至己卯歲,歷十餘年,而三千善行始完。 時,方從李漸庵入關,未及回向。庚辰南還。始請性空、慧空諸上人,就東塔禪堂回向。遂起求子願,亦許行三千善事。辛巳,生男天啟。
新字:然行義未純,検身多誤;或見善而行之不勇,或救人而心常自疑;或身勉為善,而口有過言;或醒時操持,而酔後放逸;以過折功,日常虚度。自己巳歳発願,直至己卯歳,歴十余年,而三千善行始完。 時,方従李漸庵入関,未及回向。庚辰南還。始請性空、慧空諸上人,就東塔禅堂回向。遂起求子願,亦許行三千善事。辛巳,生男天啓。
書き下し
然れども義を行ふこと未だ純ならず、身を檢すること多く誤る。或いは善を見て之を行ふこと勇ならず、或いは人を救ひて心常に自ら疑ふ。或いは身は勉めて善を為して、口に過言有り。或いは醒むる時は操持して、醉ひて後放逸す。過を以て功を折り、日常虛しく度る。己巳の歲に願を發してより、直ちに己卯の歲に至るまで、十餘年を歷て、三千の善行始めて完る。 時に、方に李漸庵に從ひて關に入り、未だ回向するに及ばず。庚辰に南還す。始めて性空・慧空諸上人を請ひ、東塔禪堂に就きて回向す。遂に子を求むるの願を起こし、亦た三千の善事を行ふことを許す。辛巳、男天啟を生む。
現代語訳
しかし、義を行うことはまだ純粋でなく、自分を省みても誤りが多くありました。善を見ても思い切って行えなかったり、人を救っても心の中でいつも迷ったりしました。身は努めて善を行っても口では言い過ぎたり、しらふのときは自分を律していても酔うと気ままになったりしました。過ちで功を差し引いてしまい、毎日をむなしく過ごしました。己巳の年に願を立ててから己卯の年まで、十年あまりをかけて、ようやく三千の善行を終えました。そのとき私はちょうど李漸庵に従って関(辺境の関所)の内に入っていたので、回向(功徳を願いに振り向ける儀式)をする暇がありませんでした。庚辰の年に南へ帰り、はじめて性空・慧空ら僧侶の方々を招いて、東塔の禅堂で回向しました。そこで子を授かりたいという願を立て、やはり三千の善事を行うと誓いました。辛巳の年に、男子の天啓が生まれました。
解説
この章句が説くこと
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『了凡四訓』立命之學・積善の家には必ず餘慶有り「易は君子の為に謀り、吉に趨き凶を避く。若し天命常有りと言はば、吉何ぞ趨くべけん。凶何ぞ避くべけん。開章第一義に、便ち說く『積善の家には、必ず餘慶有り』と。汝信じ得るや否や」と。 余、其の言を信じ、拜して教へを受く。因りて往日の罪を將て、佛前に盡情に發露し、疏一通を為り、先づ登科を求む。誓ひて善事三千條を行ひ、以て天地祖宗の德に報いんとす。 雲谷、功過格を出だして余に示し、行ふ所の事を、日を逐ひて登記せしむ。善は則ち數を記し、惡は則ち退除す。且つ準提咒を持することを教へ、以て必ず驗あらんことを期す。
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『了凡四訓』立命之學・只だ減糧の一節にて萬行俱に完る汝の母、行ふ所の多からざるを見て、輒ち顰蹙して曰く「我、前に家に在りしときは、相助けて善を為す。故に三千の數完ふするを得たり。今一萬を許すも、衙中に事の行ふべき無し。何れの時にか圓滿するを得ん」と。 夜間偶々夢に一神人を見る。余、善事の完し難きの故を言ふ。神曰く「只だ減糧の一節にて、萬行俱に完る」と。蓋し寶坻の田は、每畝二分三釐七毫なり。余、為に區處して、減じて一分四釐六毫に至らしむ。委に此の事有り。心頗る驚き疑ふ。適々幻余禪師五臺より來る。余、夢を以て之に告げ、且つ此の事宜しく信ずべきや否やを問ふ。
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『了凡四訓』立命之學・余は福薄し因りて問ふ「孔公、汝の終身を算すること若何」と。余、實を以て告ぐ。雲谷曰く「汝自ら揣るに、應に科第を得べきや否や。應に子を生むべきや否や」と。 余、追省すること良久しくして、曰く「應ぜざるなり。科第中の人は、類ね福相有り。余は福薄く、又た功を積み行を累ねて、以て厚福を基する能はず。兼ねて煩劇に耐へず、人を容るる能はず。時に或いは才智を以て人を蓋ひ、直心直行、輕言妄談す。凡そ此れ皆な薄福の相なり。豈に科第に宜しからんや。