了凡四訓 / 立命之學・天は材に因りて篤くす
雲谷曰:「豈惟科第哉?世間享千金之產者,定是千金人物;享百金之產者,定是百金人物;應餓死者,定是餓死人物;天不過因材而篤,幾曾加纖毫意思? 「即如生子,有百世之德者,定有百世子孫保之;有十世之德者,定有十世子孫保之;有三世二世之德者,定有三世二世子孫保之;其斬焉無後者,德至薄也。
新字:雲谷曰:「豈惟科第哉?世間享千金之産者,定是千金人物;享百金之産者,定是百金人物;応餓死者,定是餓死人物;天不過因材而篤,幾曽加繊毫意思? 「即如生子,有百世之徳者,定有百世子孫保之;有十世之徳者,定有十世子孫保之;有三世二世之徳者,定有三世二世子孫保之;其斬焉無後者,徳至薄也。
書き下し
雲谷曰く「豈に惟だ科第のみならんや。世間に千金の產を享くる者は、定めて是れ千金の人物なり。百金の產を享くる者は、定めて是れ百金の人物なり。應に餓死すべき者は、定めて是れ餓死の人物なり。天は材に因りて篤くするに過ぎず。幾ぞ曾て纖毫の意思を加へんや。 「即ち子を生むが如きも、百世の德有る者は、定めて百世の子孫の之を保つ有り。十世の德有る者は、定めて十世の子孫の之を保つ有り。三世二世の德有る者は、定めて三世二世の子孫の之を保つ有り。其の斬焉として後無き者は、德至りて薄きなり。
現代語訳
雲谷禅師は言いました。「科挙だけのことではない。世の中で千金の財産を持つ者は、きっと千金にふさわしい人物だ。百金の財産を持つ者は、きっと百金にふさわしい人物だ。餓死するはずの者は、きっと餓死するような人物だ。天はその人の素質に応じて厚くするだけで、少しでも私意を加えたことなどあろうか。子を授かることも同じだ。百代にわたる徳のある者には、きっと百代の子孫がいて家を守る。十代の徳のある者には十代の子孫が、三代・二代の徳のある者には三代・二代の子孫がいて家を守る。ぷっつりと跡継ぎが絶える者は、徳がきわめて薄いのだ。
解説

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『春秋左氏伝』閔公二年 慶父、自ら縊る二年春、虢公犬戎を渭汭に敗る。舟之僑曰く、「德無くして祿あるは、殃なり。殃將に至らんとす」と。遂に晉に奔る。夏、莊公に吉禘す、速やかなるなり。初め、公の傅卜齮の田を奪ふ。公禁ぜず。秋八月辛丑、共仲卜齮をして公を武闈に賊せしむ。成季僖公を以って邾に適く。共仲莒に奔る。乃ち入りて、之を立つ。賂を以って共仲を莒に求む。莒人之を歸す。密に及び、公子魚をして請はしむ。許さず。哭して往く。共仲曰く、「奚斯の聲なり」と。乃ち縊る。閔公は、哀姜の娣叔姜の子なり。故に齊人之を立つ。共仲哀姜に通ず。哀姜之を立てんと欲す。閔公の死するや、哀姜與り知る。故に邾に孫る。齊人取りて之を夷に殺し、其の尸を以って歸る。僖公請ひて之を葬る。成季の將に生まれんとするや、桓公卜楚丘の父をして之を卜せしむ。曰く、「男なり。其の名を友と曰ひ、公の右に在らん。兩社に間はり、公室の輔と爲らん。季氏亡びなば、則ち魯昌えず」と。又之を筮し、《大有》の《乾》に之くに遇ふ。曰く、「同じく父に復り、敬すること君の所の如し」と。生まるるに及び、文の其の手に在る有りて「友」と曰ふ。遂に以って之に命く。
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尚書・大禹謨告ぐる無きを虐げず、困窮を廃せざるは、惟れ帝のみ時(これ)克(よ)くす」と。益曰く、「都(ああ)、帝の徳は広く運(めぐ)り、乃ち聖に乃ち神に、乃ち武に乃ち文なり。皇天眷命(けんめい)し、奄(あまね)く四海を有(たも)ちて天下の君と為る」と。禹曰く、「迪(みち)に恵(したが)へば吉、逆に従へば凶、惟れ影響のごとし」と。益曰く、「吁(ああ)、戒めんかな。
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『長短経』運命此れ略其の本を言いて其の詳を語らず。嘗試みに之を論じて曰く、命なる者は、天の授くるなり。徳なる者は、命の本なり。皇霊は陰かに下人を隲し、冥兆に定むと雖も、然れども興亡・長短は、徳を以て準と為す。若し徳曩に循えば、則ち命今に定まる。然らば則ち今の定命は、皆曩の徳なること明らかなり。夫れ命の徳に在れば、則ち吉凶禍福は天に由らず。命今に定まれば、則ち賢聖・鬼神も移すこと能わず。故に君子は心を尽くし、力を尽くして、以て命を邀うるなり。此れ運命の至りなり。〕易に曰く「理を窮め性を尽くして、以て命に至る」と。此の謂いなり。
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