論語 / 堯曰篇
子曰:「不知命,無以爲君子也;不知禮,無以立也;不知言,無以知人也。」
新字:子曰:「不知命,無以為君子也;不知礼,無以立也;不知言,無以知人也。」
書き下し
子曰く、命を知らざれば、以て君子為ること無きなり。礼を知らざれば、以て立つこと無きなり。言を知らざれば、以て人を知ること無きなり。
現代語訳
先生がおっしゃった。「天命を知らなければ、君子であることはできない。礼を知らなければ、世に立つことはできない。言葉を知らなければ、人を知ることはできない。」
解説
論語を締めくくる一章である。三つの知が挙げられている。命、礼、言。天命を知るとは、自分に与えられた分と限界を知ること。礼を知るとは、人との間に立つ作法を知ること。言葉を知るとは、人の言葉から本心を読み取ること。三つとも、対象が違う。自分に対して、社会に対して、他者に対して。人が向き合う三方向がすべて押さえられている。最後の一つが特に実務的だ。言葉を知らなければ人を知ることができない。人の言葉には、そのまま受け取ってよいものと、裏を読むべきものがある。憲問篇の讒言の話も、この能力に関わっていた。論語全体が人物評と対話の記録であることを考えれば、この結びは全体の要約にもなっている。人を知ることが、この書の主題だった。
この章句が説くこと
知命知礼知言結び三方向
関連する章句
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