論語 / 子張篇
曾子曰:「吾聞諸夫子:『人未有自致者也,必也親喪乎!』」
新字:曽子曰:「吾聞諸夫子:『人未有自致者也,必也親喪乎!』」
書き下し
曾子曰く、吾諸を夫子に聞けり、『人未だ自ら致す者有らざるなり。必ずや親の喪か。』
現代語訳
曾子が言った。「私は先生からこう伺った。『人が自分の心を出し切ることは、めったに無い。あるとすれば、親の喪のときであろう』と。」
解説
自ら致す、つまり自分の感情や力を余さず出し切ることは、めったに無いという観察である。人は普段、どこかで加減している。全力を出したつもりでも、必ず残している。唯一の例外が親の喪だ、と。悲しみだけが、人に加減を忘れさせる。この観察は、二通りに読める。一つは、人はそれほど本気にならないという冷めた見方。もう一つは、本気になれる場面がどこにあるかを示した指摘である。仕事の場面で全力を出し切ったと言える経験は、実際には少ない。多くは、七割か八割で回している。それが悪いわけではない。だが、出し切った経験がある人と無い人では、自分の上限の把握が違う。上限を知らないまま、ここが限界だと判断していることは多い。
この章句が説くこと
自致全力喪上限曽子
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