論語 / 子張篇
子夏曰:「日知其所亡,月無忘其所能,可謂好學也已矣。」
新字:子夏曰:「日知其所亡,月無忘其所能,可謂好学也已矣。」
書き下し
子夏曰く、日に其の亡き所を知り、月に其の能くする所を忘るること無くんば、学を好むと謂う可きのみ。
現代語訳
子夏が言った。「日々、自分に欠けているものを知り、月々、自分ができることを忘れずにいる。それを学問好きと言ってよい。」
解説
学びを二つの周期で定義している。日単位では、まだ知らないことを増やす。月単位では、既にできることを維持する。獲得と保持の両方が要る、という設計だ。この二本立ては実用的である。新しいことを学び続ける人は多いが、身につけたはずのことが錆びていることには気づきにくい。使わない技能は確実に落ちる。月に一度、自分ができるはずのことを点検する。周期が違うのも理にかなっている。獲得は毎日の積み重ねで進むが、保持は毎日確認する必要が無い。それぞれに適した頻度がある。好学という言葉を、態度ではなく習慣として定義したところに、子夏らしい実務性がある。学問が好きかどうかではなく、この二つを回しているかどうかで判定できる。
この章句が説くこと
好学獲得と保持周期点検子夏
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