論語 / 先進篇
季康子問:「弟子孰爲好學?」孔子對曰:「有顏回者好學,不幸短命死矣。今也則亡。」
新字:季康子問:「弟子孰為好学?」孔子対曰:「有顔回者好学,不幸短命死矣。今也則亡。」
書き下し
季康子問う、「弟子孰か学を好むと為す。」孔子対えて曰く、「顔回なる者有り、学を好めり。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し。」
現代語訳
季康子が尋ねた。「お弟子のうち、誰が学問を好むと言えますか。」孔子はお答えした。「顔回という者がおりまして、学問を好みました。不幸にも短命で死にました。今はもうおりません。」
解説
三千人といわれた門下から、学を好む者として一人しか挙げず、しかもその一人は既に死んでいる。誰もいないと答えたに等しい。答えとしては極端だが、孔子の基準の高さがそのまま出ている。同じ問いが哀公からも発せられており、そちらでは不遷怒、不貳過という具体的な特徴が添えられていた。ここでは短く、いないと答えるだけである。相手によって説明の量を変えている可能性もある。いずれにせよ、学を好むという評価が、いかに軽々しく与えられないものだったかが分かる。勉強熱心な人、知識のある人は大勢いたはずだ。それでも該当者はいない、と孔子は言った。この基準を自分に当ててみると、学を好むと名乗ることの重さが分かる。
この章句が説くこと
好学顔回基準厳格喪失
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