論語 / 微子篇
周有八士:伯達、伯适、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季隨、季騧。
新字:周有八士:伯達、伯适、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季随、季騧。
書き下し
周に八士有り。伯達・伯适・仲突・仲忽・叔夜・叔夏・季隨・季騧。
現代語訳
周には八人のすぐれた士がいた。伯達、伯适、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季隨、季騧である。
解説
名前が八つ並ぶだけの章である。事績も人物像も書かれていない。伯、仲、叔、季という順序を示す字が二つずつ並んでおり、四組の双子だったという説もある。周の盛時には、これだけの人材が同時にいた、という記録である。この一章が置かれた意味は、前後の文脈から読める。微子篇は、賢者が去っていく話、隠者が世を避ける話、楽人が散っていく話で構成されている。その最後に、かつて八人の士がいたという記録が置かれる。人材が集まっていた時代と、散っていく時代の対比になっている。名前しか残っていないのに、記録された。何をしたかは分からなくても、いたということは残る。組織の盛衰を測る最も簡単な指標は、そこにどれだけの人がいたかである。
この章句が説くこと
人材周盛時対比記録
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