論語 / 微子篇
大師摯適齊,亞飯干適楚,三飯繚適蔡,四飯缺適秦。鼓方叔入於河,播鼗武入於漢,少師陽、擊磬襄入於海。
新字:大師摯適斉,亜飯干適楚,三飯繚適蔡,四飯欠適秦。鼓方叔入於河,播鼗武入於漢,少師陽、擊磬襄入於海。
書き下し
大師摯は斉に適き、亜飯干は楚に適き、三飯繚は蔡に適き、四飯缺は秦に適く。鼓の方叔は河に入り、鼗を播す武は漢に入り、少師陽・磬を撃つ襄は海に入る。
現代語訳
楽長の摯は斉へ行き、二度目の食事の楽師の干は楚へ行き、三度目の食事の楽師の繚は蔡へ行き、四度目の食事の楽師の缺は秦へ行った。太鼓の方叔は黄河のほとりへ、振り鼓の武は漢水のほとりへ、次席楽師の陽と磬を打つ襄は海辺へ去った。
解説
名前と行き先だけが並ぶ、名簿のような一章である。魯の楽人たちが、それぞれ別の土地へ散っていった。理由は書かれていない。ただ、全員が去ったという事実だけが記録されている。礼楽が崩れ、宮廷に楽人の居場所が無くなったということだろう。ここには、組織が壊れるときの静かな形が記されている。誰も抗議していない。事件も起きていない。ただ、支えていた専門家が一人ずつ別の場所へ移っていく。残った側から見れば、大きな変化は無い。だが、気づいたときには誰もいない。人材の流出は、こういう形で進む。名前を挙げて記録した人がいたから、この一章は残った。誰が去ったかを記録している組織は、少ない。