論語 / 陽貨篇
子謂伯魚曰:「女爲周南召南矣乎?人而不爲周南召南,其猶正牆面而立也與!」
新字:子謂伯魚曰:「女為周南召南矣乎?人而不為周南召南,其猶正牆面而立也与!」
書き下し
子、伯魚に謂いて曰く、「女、周南・召南を為めたるか。人にして周南・召南を為めずんば、其れ猶お正しく牆に面して立つがごときか。」
現代語訳
先生が伯魚におっしゃった。「お前は詩経の周南と召南を修めたか。人として周南と召南を修めていなければ、ちょうど壁に真正面から向かって立っているようなものだ。」
解説
壁に向かって立つ、という比喩が印象的である。一歩も進めず、何も見えない。詩経の最初の二篇を学んでいないと、その状態になる、と。周南と召南は家庭や男女の情を歌った詩が多く、人間関係の基本を扱っている。それを知らなければ、人と関わる場面で身動きが取れないという意味だろう。息子への言葉であることも重要だ。季氏篇の伯魚の証言と同じ内容が、ここでは孔子の側から語られている。特別なことを教えたのではなく、詩と礼を学べと言っただけ。同じ教えを繰り返している。基本を繰り返すというのは、教える側にとって退屈な作業である。新しいことを教えるほうが、教えている感触がある。それでも、壁に向かって立たせないためには、基本を繰り返すしかない。
この章句が説くこと
詩基本伯魚比喩繰り返し
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