論語 / 憲問篇
子曰:「作者七人矣。」
書き下し
子曰く、作す者七人あり。
現代語訳
先生がおっしゃった。「立ち去って身を隠した者が七人いた。」
解説
わずか六字の記録である。誰を指すのかは特定されておらず、古来さまざまな説がある。ただ、前章の避け方の四段階を受けて置かれていることを考えれば、実際に身を引いた人が七人いた、という具体的な確認だと読める。抽象論のあとに実例を置く形である。名前が挙がっていないことにも意味がある。身を隠した人は、記録に残らない。何をしたかではなく、何をしなかったかで生きた人たちだからだ。それでも孔子は、七人いたと数えている。数えているということは、見ていたということである。組織を去った人、表舞台から降りた人の判断は、残った人からは見えにくい。だが、その判断の質を見ている人はどこかにいる。去り方もまた、評価の対象になっている。
この章句が説くこと
隠遁記録判断去り方七人
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