学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・天然の誠をもってこれに孝行すべき
親に孝行するはもとより人たる者の当然、老人とあれば他人にてもこれを丁寧にするはずなり。まして自分の父母に対し情を尽くさざるべけんや。利のためにあらず、名のためにあらず、ただ己が親と思い、天然の誠をもってこれに孝行すべきなり。古来和漢にて孝行を勧めたる話ははなはだ多く、『二十四孝』をはじめとしてそのほかの著述書も計うるに遑あらず。しかるにこの書を見れば、十に八、九は人間にでき難きことを勧むるか、または愚にして笑うべきことを説くか、はなはだしきは理に背きたることを誉めて孝行とするものあり。
書き下し
親に孝行するはもとより人たる者の当然、老人とあれば他人にてもこれを丁寧にするはずなり。まして自分の父母に対し情を尽くさざるべけんや。利のためにあらず、名のためにあらず、ただ己が親と思い、天然の誠をもってこれに孝行すべきなり。古来和漢にて孝行を勧めたる話ははなはだ多く、『二十四孝』をはじめとしてそのほかの著述書も計うるに遑あらず。しかるにこの書を見れば、十に八、九は人間にでき難きことを勧むるか、または愚にして笑うべきことを説くか、はなはだしきは理に背きたることを誉めて孝行とするものあり。
現代語訳
親に孝行するのはもとより人として当然で、老人であれば他人でも丁寧にするはずです。まして自分の父母に対して情を尽くさずにいられましょうか。利のためでもなく、名のためでもなく、ただ自分の親だと思い、自然の誠をもってこれに孝行すべきです。古来、日本と中国で孝行を勧めた話は非常に多く、『二十四孝』をはじめとして、そのほかの著述も数え切れません。ところがこの種の書を見ると、十のうち八つか九つは人にできないことを勧めるか、または愚かで笑うべきことを説くか、甚だしきは道理に背いたことを褒めて孝行とするものがあります。
解説
孝行そのものは否定されません。むしろ当然だと言い、利でも名でもなく自然の誠でせよ、と動機まで示します。批判されるのは、それを教える書物のほうです。十のうち八つ九つは、できないことを勧めるか、笑うべきことを説くか、道理に背いたことを褒めている、と。徳目と、その徳目を教えるやり方を切り分ける姿勢で、次の段の具体例につながっていきます。
この章句が説くこと
孝行動機誠教訓書批判
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