論語 / 子路篇
子曰:「善人教民七年,亦可以卽戎矣。」
新字:子曰:「善人教民七年,亦可以即戎矣。」
書き下し
子曰く、善人民を教うること七年ならば、亦た以て戎に即かしむ可し。
現代語訳
先生がおっしゃった。「善人が七年間民を教育すれば、戦に赴かせることもできる。」
解説
戦に出せるようになるまで七年かかる、という見積もりである。しかも教えるのは善人でなければならない。訓練期間の長さが、この章の要点だ。武器を持たせて隊列を組ませるだけなら短期間でできる。七年かかるのは、何のために戦うのかを共有し、命を預けられる関係を作るまでの時間だろう。前の章で百年、一世代という単位が出てきたのと同じ時間感覚である。組織で言えば、危機に耐えられる集団を作るのに必要な期間の話になる。景気が良いときの組織は誰でも回せる。本当に問われるのは、苦しい局面で人が踏みとどまるかどうかだ。その状態は、危機が来てから作れない。平時の七年で作るしかない。教育に投資する意味は、平時の生産性ではなく、危機での持ちこたえに現れる。
この章句が説くこと
教育期間備え危機七年
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『塩鉄論』世務篇大夫曰く、事は豫め辯えずんば、以て卒に應ず可からず。內に備え無くんば、以て敵を禦ぐ可からず。《詩》に云う、「爾の民人に誥げ、爾の侯度を謹み、用て不虞に戒む」と。故に文事有れば、必ず武備有り。昔、宋の襄公は楚を信じて備えず、以て大辱を取れり。身は囚われ、國は幾んど亡ぶ。故に誠信の心有りと雖も、權變を知らざるは、危亡の道なり。春秋は夷・狄の中國を執うるを與せず。其の信無きが為なり。匈奴は貪狼にして、時に因りて動き、可に乘じて發す。飆のごとく舉がり電のごとく至る。而るに誠信の心、金帛の寶を以て、義無きの詐を信ぜんと欲するは、是れ猶お跖・蹻に親しみて猛虎を扶くるがごときなり。
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