論語 / 子路篇
子曰:「苟正其身矣,於從政乎何有?不能正其身,如正人何?」
新字:子曰:「苟正其身矣,於従政乎何有?不能正其身,如正人何?」
書き下し
子曰く、苟くも其の身を正しくせば、政に従うに於いて何か有らん。其の身を正しくする能わずんば、人を正しくするを如何せん。
現代語訳
先生がおっしゃった。「もし自分の身を正しくすれば、政治にたずさわることなど何の難しいことがあろうか。自分の身を正しくすることができなければ、どうして人を正しくすることができようか。」
解説
この篇に繰り返し現れる主題である。自分を正すことが先で、人を正すのは後。しかも前半では、自分を正せるなら政治は難しくないとまで言っている。統治の技術より、自己の一貫性のほうが根本だという立場だ。実務の現場では、この順序が逆になりやすい。人を動かす技術、伝え方、仕組み。そちらのほうが学べる形をしているので、手をつけやすい。自分を正すのは学習ではなく、日々の選択の積み重ねなので、教材にならない。だが、技術で補える範囲には限りがある。言っていることと自分の振る舞いが食い違っていれば、どんな伝え方も効かない。人が言葉ではなく振る舞いを見ているという前提に立てば、この順序は当然の結論になる。
この章句が説くこと
正身順序統率一貫性自己
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公十五年 力を量りて行う晉の荀吳師を帥ゐて鮮虞を伐ち、鼓を圍む。鼓人或いは城を以って叛かんと請ふ。穆子許さず。左右曰く、「師徒勤めずして、以って城を獲可し。何の故にか為さざる」と。穆子曰く、「吾諸を叔向に聞く、曰く、『好惡愆はざれば、民適く所を知り、事濟らざる無し』と。或いは吾が城を以って叛くは、吾の甚だ惡む所なり。人城を以って來るも、吾獨り何ぞ好まんや。甚だ惡む所を賞せば、好む所を若何せん。若し其れ賞せずんば、是れ信を失ふなり。何を以ってか民を庇はん。力能はば則ち進み、否ずんば則ち退く。力を量りて行ふ。吾以って城を欲して姦に邇づく可からず。喪ふ所滋々多からん」と。鼓人をして叛人を殺して守備を繕はしむ。鼓を圍むこと三月、鼓人或いは降らんことを請ふ。其の民をして見えしめて曰く、「猶ほ食色有り。姑く而の城を脩めよ」と。軍吏曰く、「城を獲れども取らず、民を勤めて兵を頓す。何を以ってか君に事へん」と。穆子曰く、「吾以って君に事ふるなり。一邑を獲て民に怠を教へば、將た焉んぞ邑を用ひん。邑以って怠を賈はば、舊を完くするに如かず。怠を賈へば卒へ無く、舊を棄つるは不祥なり。鼓人能く其の君に事へ、我も亦た能く吾が君に事ふ。義に率ひて爽はず、好惡愆はず、城獲可くして民義を知り、死命有る所にして二心無し。亦た可ならずや」と。鼓人食竭き力盡くるを告げて、而る後に之を取る。鼓に克ちて反り、一人をも戮せず。鼓子截鞮を以って歸る。冬、公晉に如く。平丘の會の故なり。
-
『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ賞は之を勧むる所以にして、毀存す。罰は之を禁ずる所以にして、誉加はる。民中立して由る所を知らず、
-
『墨子』明鬼下故に昔者、殷王紂、貴きこと天子と為り、富は天下を有ち、勇力の人、費中・惡来・崇侯虎有りて、指寡して人を殺す。人民の衆きこと兆億、侯として厥の澤陵に盈つ。然れども此を以て鬼神の誅を圉ぐ能わず。此れ吾が謂う所の鬼神の罰は、富貴衆强・力勇强武・堅甲利兵と為す可からずとは、此れなり。且つ禽艾の之を道いて曰く、「璣を得ること小なる無く、宗を滅ぼすこと大なる無し」と。則ち此れ鬼神の賞する所は、小なる無く必ず之を賞し、鬼神の罰する所は、大なる無く必ず之を罰するを言うなり。
-
老子・第10章営魄を載せて一を抱く、能く離るること無からんか。気を専らにして柔を致す、能く嬰児ならんか。玄覧を滌除す、能く疵無からんか。民を愛し国を治む、能く無為ならんか。天門開闔す、能く雌たらんか。明白四達す、能く無知ならんか。之を生じ之を畜い、生じて有せず、為して恃まず、長じて宰せず。是を玄徳と謂う。
-
論語・雍也篇季氏、閔子騫をして費の宰たらしむ。閔子騫曰く、「善く我が為に辞せよ。如し我を復たびする者有らば、則ち吾必ず汶の上に在らん。」
-
『韓非子』南面第十八信ぜざる者に罪有り、事に功有る者を賞せざれば、則ち群臣敢えて言を飾りて以て主を惽くらます莫し。主道は、人臣をして、前言後に復せず、後言前に復せざらしめ、事に功有りと雖も、必ず其の罪に伏せしむ。之を任下と謂う。