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論語 / 子路篇

子曰:「苟正其身矣,於從政乎何有?不能正其身,如正人何?」

新字:子曰:「苟正其身矣,於従政乎何有?不能正其身,如正人何?」

書き下し

子曰く、苟くも其の身を正しくせば、政に従うに於いて何か有らん。其の身を正しくする能わずんば、人を正しくするを如何せん。

現代語訳

先生がおっしゃった。「もし自分の身を正しくできるなら、政治を執るのに何の難しさがあろうか。自分の身を正しくできないなら、人を正しくすることなどどうしてできようか。」

解説

この篇に繰り返し現れる主題である。自分を正すことが先で、人を正すのは後。しかも前半では、自分を正せるなら政治は難しくないとまで言っている。統治の技術より、自己の一貫性のほうが根本だという立場だ。実務の現場では、この順序が逆になりやすい。人を動かす技術、伝え方、仕組み。そちらのほうが学べる形をしているので、手をつけやすい。自分を正すのは学習ではなく、日々の選択の積み重ねなので、教材にならない。だが、技術で補える範囲には限りがある。言っていることと自分の振る舞いが食い違っていれば、どんな伝え方も効かない。人が言葉ではなく振る舞いを見ているという前提に立てば、この順序は当然の結論になる。

この一句を、あなたの毎日に。

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