論語 / 子路篇
子謂衞公子荊,「善居室:始有,曰:『苟合矣;』少有,曰:『苟完矣。』富有,曰:『苟美矣。』」
新字:子謂衛公子荊,「善居室:始有,曰:『苟合矣;』少有,曰:『苟完矣。』富有,曰:『苟美矣。』」
書き下し
子、衛の公子荊を謂う、「善く室に居る。始めて有るとき、曰く、『苟か合えり』と。少しく有るとき、曰く、『苟か完し』と。富み有るとき、曰く、『苟か美なり』と。」
現代語訳
先生は衛の公子荊を評しておっしゃった。「家の暮らしのしかたが上手い。持ち始めたときには『まあ間に合っている』と言い、少し増えたときには『まあ整った』と言い、豊かになったときには『まあ立派だ』と言った。」
解説
三つの段階で、同じ調子の言葉を口にしている。まあ間に合っている、まあ整った、まあ立派だ。苟かという語が三度繰り返される。どの段階でも、足りないとも自慢とも言っていない。持っているもので満足し、増えても浮かれない。この安定した態度を、孔子は善く室に居ると褒めた。事業の成長段階に置き換えると、この難しさが分かる。創業期は足りないものだらけで、不満を言えばきりがない。軌道に乗れば、それまでの不足を取り返そうとして支出が膨らむ。豊かになれば、規模にふさわしい体裁を整えたくなる。段階ごとに欲の形が変わるのが厄介なのだ。公子荊は三段階とも同じ言葉で通した。基準が外にではなく、自分の中にあったということである。