論語 / 子路篇
子路問政。子曰:「先之,勞之。」請益,曰:「無倦。」
新字:子路問政。子曰:「先之,労之。」請益,曰:「無倦。」
書き下し
子路、政を問う。子曰く、「之に先んじ、之を労す。」益さんことを請う。曰く、「倦むこと無かれ。」
現代語訳
子路が政治について尋ねた。先生はおっしゃった。「民に先立って自ら行い、民をねぎらうことだ。」もっと教えてほしいと請うと、おっしゃった。「飽きずに続けることだ。」
解説
答えは三語しかない。先んじる、ねぎらう、飽きない。率先、慰労、持続である。子路がもっと教えてほしいと求めたのに対して、新しい項目を足さず、続けよとだけ答えたのが要点だ。政治の要諦は増やすものではなく、同じことを続けるものだという含意がある。実務でも同じ構造が現れる。組織運営の原則は、たいてい最初から分かっている。率先垂範し、労をねぎらう。誰でも言える。それでもうまくいかないのは、原則を知らないからではなく、続かないからだ。だから、もっと何かを知りたいという要求に対して、孔子は無倦とだけ答えた。新しい手法を探すことは、続けられなかった事実から目を逸らす手段にもなる。
この章句が説くこと
率先慰労継続無倦原則
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