論語 / 先進篇
子路使子羔爲費宰。子曰:「賊夫人之子。」子路曰:「有民人焉,有社稷焉;何必讀書,然後爲學?」子曰:「是故惡夫佞者。」
新字:子路使子羔為費宰。子曰:「賊夫人之子。」子路曰:「有民人焉,有社稷焉;何必読書,然後為学?」子曰:「是故悪夫佞者。」
書き下し
子路、子羔をして費の宰たらしむ。子曰く、「夫の人の子を賊なわん。」子路曰く、「民人有り、社稷有り。何ぞ必ずしも書を読みて、然る後に学と為さん。」子曰く、「是の故に夫の佞者を悪む。」
現代語訳
子路が子羔を費の代官にした。先生がおっしゃった。「あの人の子(子羔)をだめにしてしまうぞ。」子路が言った。「(費には)治めるべき民がおり、祭るべき社稷(土地と穀物の神)があります。どうして書物を読むことだけが学問だと言えるでしょうか。」先生がおっしゃった。「だから私は口のうまい者が嫌いなのだ。」
解説
子路の反論は、実は的を射ている。現場こそ学びの場である、というのは正論だ。それでも孔子は、口が達者だと切り捨てた。なぜか。子路の言葉は正しいが、この場面では自分の人事を正当化するために使われているからである。正論が、判断の検証ではなく防御に使われた瞬間、それは弁舌になる。組織の議論で最も厄介なのがこの形だ。言っていることは間違っていない。だから反論しにくい。しかし、その正論が持ち出された動機は、決定を守ることにある。孔子が嫌ったのは論の内容ではなく、論の使われ方だった。自分の発言が、検討のためか防御のためか。区別するのは難しいが、区別しようとするかどうかで議論の質は変わる。

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正論弁舌人事動機議論
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