論語 / 先進篇
柴也愚,參也魯,師也辟,由也喭。
新字:柴也愚,参也魯,師也辟,由也喭。
書き下し
柴や愚、参や魯、師や辟、由や喭。
現代語訳
柴(子羔)は愚直で、参(曾子)は鈍く、師(子張)はうわべを飾り、由(子路)は粗野である。
解説
四人の弟子の欠点を、一字ずつで並べた記録である。褒め言葉が一つも無い。しかもこの四人のうち曾参は後に孔子の道を継ぎ、子路は最も信頼された弟子だった。つまり、これらの欠点を抱えたまま彼らは大成している。人物評価としての示唆は明確だ。欠点は消えない。曾参は最後まで鈍重だっただろうし、子路は最後まで粗野だった。それでも役割を果たした。育成の場でしばしば起きるのは、欠点の矯正に力を注ぎすぎることである。矯正には時間がかかり、たいてい成功しない。孔子は欠点を正確に把握したうえで、矯正ではなく配置で対応した。政事には子路、学問には子夏。欠点の把握は、直すためではなく、どこに置くかを決めるために要る。
この章句が説くこと
欠点人物評配置育成現実
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