論語 / 先進篇
子曰:「回也,非助我者也!於吾言,無所不說。」
新字:子曰:「回也,非助我者也!於吾言,無所不説。」
書き下し
子曰く、回や、我を助くる者に非ざるなり。吾が言に於いて、説ばざる所無し。
現代語訳
先生がおっしゃった。「回(顔回)は、私を助けてくれる者ではないな。私の言うことで、喜んで受け入れないものが何もないのだから。」
解説
最愛の弟子への、愛情のこもった不満である。何を言っても喜んで受け入れる。反問も異論も来ない。だから自分は鍛えられない、と孔子は言う。教える側が弟子に何を求めていたかが、ここに出ている。理解ではなく、抵抗である。反論されて初めて、自分の考えの粗いところが見える。すべて受け入れられると、間違ったまま進んでしまう。上に立つ人ほど、この不足に苦しむ。地位が上がるほど反論は減り、減った分だけ自分の判断は検証されなくなる。周囲が優秀で従順であれば、なお危うい。孔子ほどの人でも、それを助けが無いと感じた。もし自分の発言に対して、誰も異を唱えなくなっているなら、それは正しくなったからではないという可能性を、常に置いておく必要がある。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
顔回反論検証孤立教学相長
関連する章句
-
孔子家語・顏回顏回問う、「朋友の際、如何。」孔子曰わく、「君子の朋友に於けるや、心必ず非とする有れども、『吾知らず』と謂う能わず、其れ仁人なり。久しき徳を忘れず、久しき怨みを思わず。仁なるかな。」
-
孔子家語・顏回魯の定公、顏回に問いて曰わく、「子も亦た東野畢の御を善くするを聞くか。」対えて曰わく、「善なれば則ち善なり。然りと雖も、其の馬将に必ず佚せんとす。」定公色悦ばず、左右に謂いて曰わく、「君子固より人を誣うる有るなり。」顏回退く。後三日、牧来たりて之を訴えて曰わく、「東野畢の馬佚し、両驂両服を曳きて廄に入る。」公之を聞き、席を越えて起ち、駕を促して顏回を召す。回至るや、公曰わく、「前日寡人子に東野畢の御を問いしに、子曰わく、『善なれば則ち善なり、其の馬将に佚せんとす』と。識らず、吾子奚を以て之を知るや。」顏回対えて曰わく、「政を以て之を知る。昔者帝舜は民を使うに巧みに、造父は馬を使うに巧みなり。舜は其の民力を窮めず、造父は其の馬力を窮めず。是を以て舜に佚民無く、造父に佚馬無し。今東野畢の御たるや、馬に升りて轡を執れば、御体正し。歩驟馳騁すれば、朝礼畢わる。険を歴て遠きを致せば、馬力尽く。然れども猶お乃ち馬を求めて已まず。臣此を以て之を知る。」公曰わく、「善いかな、誠に吾子の言の若きなり。吾子の言、其の義大なり。願わくは少しく進めんか。」顏回曰わく、「臣之を聞く、鳥窮すれば則ち啄み、獣窮すれば則ち攫み、人窮すれば則ち詐り、馬窮すれば則ち佚すと。古自り今に及ぶまで、未だ其の下を窮めて能く危うき無き者有らざるなり。」公悦び、遂に以て孔子に告ぐ。孔子対えて曰わく、「夫れ其の顏回為る所以は、此の類なり。豈に多しとするに足らんや。」
-
孔子家語・顏回顏回君子を問う。孔子曰わく、「愛は仁に近く、度は智に近し。己の為にすること重からず、人の為にすること軽からず。君子なるかな。」回曰わく、「敢えて其の次を問う。」子曰わく、「学ばずして行い、思わずして得。小子之を勉めよ。」
-
孔子家語・顏回孔子衛に在り、昧旦晨興す。顏回側に侍し、哭する者の声甚だ哀しきを聞く。子曰わく、「回、汝此の何の哭する所を知るか。」対えて曰わく、「回此の哭声を以て但だ死者の為のみに非ず、又生きて離別する者有るなり。」子曰わく、「何を以て之を知るや。」対えて曰わく、「回聞く、桓山の鳥、四子を生む。羽翼既に成り、将に四海に分かれんとす。其の母悲しみ鳴きて之を送り、哀声此に似たる有り、其の往きて返らざるを謂うなりと。回窃かに音の類を以て之を知る。」孔子人をして哭する者に問わしむるに、果たして曰わく、「父死して家貧しく、子を売りて以て葬り、之と長く決す。」子曰わく、「回や、音を識るに善し。」
-
『童子問』卷上問ふ、顔子喟然として歎じて曰く、之を仰げば弥高く、之を鑽れば弥堅し。之を瞻れば前に在り、忽焉として後に在りと。此を以て之を観れば、則ち夫子の道も亦た甚だ高妙にして、卑近と謂ふべからずと。曰く、此れ説く者の謬見にして、魯論の本旨に非ず。顔子の歎は、其の高堅前後を歎ずるに非ざるなり。夫子の鑪錘を受くるに及びて、前日の非を悟り、喜びて之を歎ずるなり。蓋し顔子は至聡明なり。其の始め道を見ること甚だ高く、徒らに其の恍惚変幻にして象を為すべからざるを見て、未だ其の実処を見ず。故に曰く、弥高く弥堅く、前に在り後に在りと。是れ其の模擬する所無くして、欛柄未だ手に入らざるを観るべし。博文約礼の教を聞くに曁びて、始めて夫子の善く人を誘ふことを知り、学初めて平実に就き、罷めんと欲して能はざるの地に至ることを得たり。故に喜びて之を歎ず。故に首めに高堅前後の言を発し、次に夫子循循然として善く人を誘ふと言ひ、終りに之に従はんと欲すと雖も由る末きのみと言ふ。其の次第自ら見るべし。蓋し博文約礼は、即ち下学の事なり。亦た卑近に非ずして何ぞや。故に実徳を知りて、而る後に能く卑近の尚ぶべきを知る。卑近の尚ぶべきを知りて、而る後に自ら論語の妙を識る。難いかな、艱いかな。
-
孔子家語・顏回叔孫武叔未だ仕えざる顏回に見ゆ。回曰わく、「之を賓とせよ。」武叔多く人の過ちを称して、己之を評論す。顏回曰わく、「固より子の来たりて辱くするや、宜しく回に得る有るべし。吾諸を孔子に聞き知る、曰わく、『人の悪を言うは、己を美にする所以に非ず。人の枉を言うは、己を正しくする所以に非ず』と。故に君子は其の悪を攻めて、人の悪を攻めず。」