論語 / 郷党篇
席不正不坐。
書き下し
席正しからざれば坐せず。
現代語訳
敷物がきちんと整っていなければ、座られなかった。
解説
わずか五字の記録である。曲がった敷物に座らない。それだけのことに、なぜ記録の価値があるのか。整えてから座るという順序を、例外なく守ったからである。急いでいるとき、疲れているとき、誰も見ていないとき。そういう場面で崩れないから、記録になる。ここには、小さな基準を持つことの意味が示されている。曲がった敷物に座っても、実害は無い。だから多くの人は座る。一度座れば、次はもっと曲がっていても座る。基準は、実害の無いところから緩み始める。逆に言えば、実害の無い小さな基準を守り続けることが、実害の大きい場面での判断を支える。仕事でも、机の上、書類の体裁、時間の守り方。どれも成果に直結しないが、崩れ方は連続している。
この章句が説くこと
小事基準一貫性習慣自律
関連する章句
-
『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
-
『墨子』非儒下孔丘、蔡陳の間に窮し、藜羮に糂せず。十日、子路、為に豚を烹る。孔丘、肉の由りて來たる所を問わずして食らう。人の衣を剝ぎて以て酒を酤う。孔丘、酒の由りて來たる所を問わずして飲む。哀公、孔丘を迎うるに、席、端しからざれば坐せず、割、正しからざれば食らわず。子路、進みて請いて曰く、「何ぞ其れ陳蔡と反するや」と。孔丘曰く、「來たれ、吾れ女に語らん。曩には女と苟くも義を為せり」と。夫れ饑約すれば則ち妄りに取りて以て身を活かすを辭せず、羸飽すれば偽行して以て自ら飾る。汙邪詐偽、孰れか此より大ならん。
-
『墨子』非攻下是の故に子墨子曰く、今、且つ天下の王公大人・士君子、中情、將に天下の利を興し、天下の害を除かんことを求め欲せば、當に攻伐を繁く為すが若きは、此れ實に天下の巨害なり。今、仁義を為し、上士たるを求めんと欲し、上は聖王の道に中らんと欲し、下は國家百姓の利に中らんと欲せば、故に當に非攻の説の若きにして、將に察せざる可からざる者、此れなり。
-
『墨子』尚賢下子墨子言いて曰く、「天下の王公大人は皆な其の國家の富み、人民の衆く、刑法の治まるを欲す。然れども尚賢を以て政を為して其の國家百姓を治むるを識らず。王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失えるなり。若し茍くも王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失わば、則ち物を舉げて之に示す毋くんばある能わざらんや。今、若し一諸侯、此に有りて、國家に政を為すや、曰く、『凡そ我が國の能く射御する士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。射御する能わざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず能く射御する士は喜び、射御する能わざる士は懼れんと為す。我れ賞して因りて之を誘わん、曰く、『凡そ我が國の忠信の士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。忠信ならざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。」
-
『墨子』尚賢上是の故に古者、聖王の政を為すや言いて曰く、「義ならざれば富まさず、義ならざれば貴くせず、義ならざれば親しまず、義ならざれば近づけず」と。是を以て國の富貴の人、之を聞きて、皆な退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は富貴なり。今、上、義を舉ぐるに貧賤を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。親しき者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は親なり。今、上、義を舉ぐるに親疎を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。近き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は近なり。今、上、義を舉ぐるに近を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我れ逺きを以て恃む無しと為す。今、上、義を舉ぐるに逺きを辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺鄙郊外の臣、門庭の庶子、國中の衆、四鄙の氓人に逮び至るまで、之を聞きて皆な競いて義を為す。
-
『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。