論語 / 郷党篇
執圭,鞠躬如也,如不勝。上如揖,下如授,勃如戰色,足蹜蹜如有循。享禮,有容色。私覿,愉愉如也。
新字:執圭,鞠躬如也,如不勝。上如揖,下如授,勃如戦色,足蹜蹜如有循。享礼,有容色。私覿,愉愉如也。
書き下し
圭を執れば、鞠躬如たり、勝えざるが如し。上ぐるときは揖するが如く、下ぐるときは授くるが如し。勃如として戦色あり、足蹜蹜として循る有るが如し。享礼には、容色有り。私覿には、愉愉如たり。
現代語訳
(使者として主君の)圭(玉の礼器)を持つときは、身をかがめて慎み、その重さに耐えられないかのようであった。上に掲げるときは会釈をするときの高さに、下げるときは物を手渡すときの高さにした。顔色を引き締めておののくような表情をし、足は小刻みに、何かに沿って歩むかのように運んだ。(贈り物を献上する)享の儀式では、和やかな表情を見せた。私的に(相手国の君主と)会うときは、楽しげで打ち解けた様子であった。
解説
玉圭は君主の権威そのものを託されたしるしである。実際の重さは大したことがない。それでも孔子は、耐えられないかのように持った。物理的な重さではなく、預かったものの意味に応じて身体が反応している。ここが要点だ。預かりものの扱いは、その人が何を重いと感じているかを露わにする。同時に、この章も緊張だけで終わらない。公式の儀礼が済めば表情が和らぎ、私的な面会では楽しげになる。緊張の対象が明確だから、緩める場面も明確なのである。何にでも緊張する人は、実は何も重く感じていない。重いものを見分けて、そこにだけ全力の慎重さを向ける。慎重さの配分は、ここでも一貫している。
この章句が説くこと
預かりもの重さ儀礼緊張配分
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