論語 / 子罕篇
子貢曰:「有美玉於斯,韞櫝而藏諸?求善賈而沽諸?」子曰:「沽之哉!沽之哉!我待賈者也!」
新字:子貢曰:「有美玉於斯,韞櫝而蔵諸?求善賈而沽諸?」子曰:「沽之哉!沽之哉!我待賈者也!」
書き下し
子貢曰く、「斯に美玉有り。櫝に韞めて諸を蔵せんか。善賈を求めて諸を沽らんか。」子曰く、「之を沽らんかな、之を沽らんかな。我は賈を待つ者なり。」
現代語訳
子貢が言った。「ここに美しい玉があるとします。箱に入れてしまっておきましょうか。よい買い手を探して売りましょうか。」先生がおっしゃった。「売ろう、売ろう。私は買い手を待っている者なのだ。」
解説
子貢の問いは比喩である。先生ほどの人が、隠棲するのか、それとも世に出るのか。孔子の答えは即答で、しかも二度繰り返している。売る、売る、と。仕官への意欲を隠さなかったわけだ。ただし続く一言が効いている。私は買い手を待つ者である、と。売り込みに行くのではなく、待つ。世に出る意志は明確だが、そのために自分を安く見せることはしない、という立場である。この距離感は、実力を持つ人の身の処し方として参考になる。隠れていては機会は来ない。かといって、誰にでも売り込めば値は崩れる。意志は明示し、動くのは相手の判断に委ねる。待つとは、何もしないことではない。売る用意ができていると示したうえで待つことである。
この章句が説くこと
仕官美玉待つ自己評価機会
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論語・学而篇子曰く、「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う。」
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史記 李斯列伝荀卿に辞して曰く、「斯聞く、時を得ては怠ること無かれと。今、万乗方に時を争ひ、游ぶ者事を主る。今、秦王天下を呑み、帝と称して治めんと欲す。此れ布衣の馳騖の時にして游説者の秋なり。卑賤の位に処りて計為さざる者は、此れ禽鹿の肉を視、人面にして能く彊ひて行く者のみ。故に詬は卑賤より大なるは莫く、而して悲しみは窮困より甚だしきは莫し。久しく卑賤の位、困苦の地に処り、世を非として利を悪み、自ら無為に託するは、此れ士の情に非ざるなり。故に斯将に西のかた秦王に説かんとす」と。秦に至り、会々荘襄王卒す。李斯乃ち求めて秦の相文信侯呂不韋の舎人と為る。不韋之を賢とし、任じて以て郎と為す。李斯因りて以て説くを得、秦王に説きて曰く、「胥人は、其の幾を去る。大功を成す者は、瑕釁に因りて遂に之を忍ぶに在り。昔者秦の穆公の霸たる、終に東のかた六国を并せざりし者は、何ぞや。諸侯尚ほ衆く、周の徳未だ衰へず。故に五伯迭ひに興り、更々周室を尊ぶ。秦の孝公より以来、周室卑微にして、諸侯相兼ね、関東を六国と為す。秦の勝に乗じて諸侯を役すること、蓋し六世なり。今諸侯秦に服すること、譬へば郡県の若し。夫れ秦の彊、大王の賢を以て、竈上を騒除するに由り、以て諸侯を滅ぼし、帝業を成し、天下を一統と為すに足る。此れ万世の一時なり。今怠りて急に就かずんば、諸侯復た彊く、相聚まりて従を約せば、黄帝の賢有りと雖も、并す能はざるなり」と。秦王乃ち斯を拝して長史と為し、其の計を聴き、陰かに謀士を遣はし金玉を齎持して以て諸侯に游説せしむ。諸侯の名士の財を以て下すべき者は、厚く遺りて之に結び、肯ぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、秦王乃ち其の良将をして其の後に随はしむ。秦王斯を拝して客卿と為す。会々韓人鄭国来たりて秦を間し、以て注漑渠を作る。已にして覚る。
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『墨子』尚賢下今、王公大人の其の富ます所、其の貴くする所は、皆な王公大人の骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者なり。今、王公大人の骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者、焉くんぞ故に必ず知ならんや。若し知ならずして、其の國家を治めしめば、則ち其の國家の亂るること得て知る可きなり。今、天下の士君子は皆な富貴を欲して貧賤を惡む。然らば女、何を為して富貴を得て貧賤を辟けんとするか。曰く、王公大人の骨肉の親と為るに若くは莫し。王公大人の骨肉の親無く、故無くして富貴なる、面目美好なる者無きは、此れ學びて能くす可き者に非ざるなり。辯を知らざらしめ、徳行の厚きこと禹・湯・文・武の若きも加えて得られず、王公大人の骨肉の親は、蹙み瘖え聾し、暴なること桀・紂の若きも加えて失われず。是の故に賞を以て賢に當たらず、罰は暴に當たらず。其の賞する所の者は已に故無く、其の罰する所の者も亦た罪無し。是を以て百姓をして皆な心を攸れ體を解かしめ、沮みて以て善を為し、其の股肱の力を隳きて相い勞い來たらざらしめ、餘財を腐臭せしめて相い分ち資らざらしめ、良道を隠匿して相い教誨せざらしむ。此くの若くんば、則ち飢えたる者は推して之を上せざるを以てなり。
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説苑・立節斉の崔杼荘公を弑す。邢蒯瞶晋に使いして反る。其の僕曰わく、「崔杼荘公を弑せり、子将に奚くにか如かんとす」と。邢蒯瞶曰わく、「之を駆れ、将に入りて死して君に報いん」と。其の僕曰わく、「君の無道なるや、四鄰の諸侯聞かざる莫し。夫子を以て之に死するは亦難からずや」と。邢蒯瞶曰わく、「善く能く言えり。然れども亦晩し。子早く我に言わば、我能く之を諫めん。諫めて聴かれずんば我能く去らん。今既に諫めず又去らず。吾聞く、其の禄を食む者は其の事に死すと。吾既に乱君の禄を食めり、又安んぞ君を治めて之に死するを得んや」と。遂に車を駆りて死に入る。其の僕曰わく、「人乱君有りて、人猶お之に死す。我治長有り、死する毋かる可けんや」と。乃ち轡を結びて車上に自刎す。君子之を聞きて曰わく、「邢蒯瞶節を守り義に死すと謂う可し。死は人の難んずる所なり。僕夫の死するや、未だ義に合う能わずと雖も、然れども亦志有るの意なり。詩に云う、『夙夜懈らず、以て一人に事う』と、邢生の謂いなり。孟子曰わく、『勇士は其の元を喪うを忘れず』と、僕夫の謂いなり」と。
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論語・陽貨篇公山弗擾、費を以て畔く。召く。子往かんと欲す。子路説ばずして曰く、「之く末きのみ。何ぞ必ずしも公山氏に之れ之かん。」子曰く、「夫れ我を召く者は、豈に徒ならんや。如し我を用うる者有らば、吾其れ東周を為さんか。」
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『新書』宗首黄帝曰く、「日中すれば必ず𤑒し、刀を操れば必ず割れ」と。今此の道をして順ならしめば、全安甚だ易し。肯んじて早く為さず、已にして乃ち骨肉の属を堕して之を抗剄するは、豈に秦の季世に異なる有らんや。且つ天を何とか謂わん。権甚だ奇ならずして数しば人を制するは、豈に得可けんや。夫れ天子の位を以て、天下の力を用い、今の時に乗じ、天子の助けに因りて、尚お危うきを以て安きと為し、乱を以て治と為すを憚る。仮設し陛下斉桓の処に居らば、将た諸侯を合し天下を匡さざらんや。此に至れば則ち陛下の誤り甚だし。時且に失われんとす。心竊かに踊躍す、今春を離るれば已を為し難し。天傾き、時傾き、足力傾く。能く孰く視て、而も傾く時の失を理むるを肯んぜざるは、豈に靡しからずや。以て天下を良くすと称す可きは、特だ此を以て籍と為すなり。竊かに陛下の為に之を痛む、甚だ上の幸いに少しく計を留めんことに在り。