人物志 / 釋爭
蓋善以不伐為大,賢以自矜為損。
書き下し
蓋し善は伐らざるを以て大と為し、賢は自ら矜るを以て損と為す。
現代語訳
思うに、善は誇らないことによって大きくなり、賢さは自らおごることによって損なわれる。
解説
最終篇「釈争」の冒頭の一文で、篇全体の主題を示している。善い行いは誇らないことで大きくなり、賢さは自分を誇ることで損なわれる。劉劭は、人の争いの多くが、自分の功や能力を誇り、人より上に立とうとするところから生まれると見た。第九篇「八観」で、人の情の機微はすべて「人の上に立ちたい」ことに帰すると述べたのを受け、ここではその欲求とどう向き合うかを説く。『老子』の「自ら伐る者は功無く、自ら矜る者は長からず」や、『論語』の謙譲の教えが背景にある。成果を上げた人ほど、それを語りたくなる。しかし周りは、語られた功績より、語らずにいる姿に信頼を寄せるものである。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚さ釈争不伐自慢の損失自己評価謙虚
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