うひ山ぶみ / 第二十段
然して其餘のしなじなをも、力の及ばんかぎり、學び明らむべし、さてその主としてよるべきすぢは、何れぞといへば、道の學問なり、
新字:然して其余のしなじなをも、力の及ばんかぎり、学び明らむべし、さてその主としてよるべきすぢは、何れぞといへば、道の学問なり、
書き下し
然して其余のしなじなをも、力の及ばんかぎり、学び明らむべし、さてその主としてよるべきすぢは、何れぞといへば、道の学問なり、
現代語訳
そうしてそのほかの分野についても、力の及ぶかぎり学び明らかにするべきである。さてその主としてよるべき筋は何かといえば、道の学問である。
解説
主軸を一つ決めよと言った直後に、残りも力の及ぶ限り学べと付け加える。一点集中と広い視野を、切り捨てではなく優先順位の問題として整理している。そのうえで、宣長にとっての主軸が示される。「道の學問」である。奥の注では、その理由をこう説明する。人である以上、人の道とはどういうものかを知らずにいてよいはずがない。少しでも学問に志す者なら、同じことなら道のために力を用いるべきだ、と。何を専門にするかは本人任せと言いながら、自分の答えははっきり示す。この二段構えが宣長の書き方である。
この章句が説くこと
道の学問主軸優先順位専門教養
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