論語 / 泰伯篇
曾子曰:「以能問於不能,以多問於寡,有若無,實若虛,犯而不校。昔者吾友,嘗從事於斯矣。」
新字:曽子曰:「以能問於不能,以多問於寡,有若無,実若虚,犯而不校。昔者吾友,嘗従事於斯矣。」
書き下し
曾子曰く、「能を以て不能に問い、多を以て寡なきに問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く、犯さるるも校いず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。」
現代語訳
曾子が言った。「才能がありながら才能のない者に問い、多く知りながら少ししか知らない者に問う。持っていながら持たないかのようであり、満ちていながら空であるかのようだ。害を加えられても言い返さない。昔、私の友はこうしたことに努めていた。」
解説
ここで言う吾友とは顔回のことだとされる。挙げられた五つは、どれも自分を実際より小さく見せる態度である。できるのに聞き、知っているのに問い、持っているのに持たないふりをする。謙遜の型のように見えるが、実際には情報を集める姿勢でもある。知っているつもりで話を始めると、相手は口を閉じる。知らない体で問えば、相手は話す。最後の犯而不校、害されても言い返さないは、現代の職場では判断が分かれるところだろう。何でも受け流せという話ではない。ただ、言い返して勝つことで失うものを、顔回は計算に入れていた。曾子がこれを友の思い出として語っているのも味わい深い。真似できなかったが、確かに見た、という距離感である。
この章句が説くこと
謙虚顔回問う力受容曽子
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