論語 / 述而篇
子疾病,子路請禱。子曰:「有諸?」子路對曰:「有之。誄曰:『禱爾于上下神祇。』」子曰:「丘之禱久矣!」
新字:子疾病,子路請禱。子曰:「有諸?」子路対曰:「有之。誄曰:『禱爾于上下神祇。』」子曰:「丘之禱久矣!」
書き下し
子、疾病なり。子路禱らんことを請う。子曰く、「諸有りや。」子路対えて曰く、「之有り。誄に曰く、『爾を上下の神祇に禱る』と。」子曰く、「丘の禱ること久し。」
現代語訳
先生が重い病にかかられた。子路が神に祈らせてほしいと願い出た。先生はおっしゃった。「そういう先例があるのか。」子路はお答えした。「あります。誄にこうあります。『あなたのために天地の神々に祈る』と。」先生はおっしゃった。「私の祈りは、とうに久しい。」
解説
子路の申し出を、孔子は否定も肯定もせずに受け流した。私はもうずっと祈ってきた、という答えである。土壇場で神に願うのではなく、日々の生き方そのものが祈りだった、という含みだろう。危機の場面で急に何かを始めようとする人と、平時から積んできた人の差が、この一言に出ている。追い詰められたときに何ができるかは、追い詰められてから決めることではない。組織でも同じだ。事故が起きてから安全を叫び、資金が尽きてから信用を集めようとする。どちらも遅い。信用も備えも、必要になる前の時間にしか積めない。孔子の答えが静かなのは、すでに済ませていたからである。いま祈るものが無いと気づいたなら、それは平時にやることが残っているという合図になる。