論語 / 述而篇
子在齊聞韶,三月不知肉味,曰:「不圖爲樂之至於斯也!」
新字:子在斉聞韶,三月不知肉味,曰:「不図為楽之至於斯也!」
書き下し
子、斉に在りて韶を聞き、三月肉の味を知らず。曰く、「図らざりき、楽を為すことの斯に至らんとは。」
現代語訳
先生は斉におられたとき、舜の音楽である韶を聞き、三か月のあいだ肉の味が分からなかった。そしておっしゃった。「音楽というものが、ここまでの境地に達するとは思いもよらなかった。」
解説
理性的な人物として描かれることの多い孔子が、我を忘れた記録である。三か月肉の味が分からなかったというのは誇張だとしても、それほど深く打たれたということだ。しかも感想の中心は「思いもよらなかった」という驚きにある。自分の想像の外にあるものに出会った衝撃である。長く一つの道を歩いてきた人ほど、この経験は貴重になる。知識が増えるほど、新しいものを既存の枠に収めて処理できるようになり、驚かなくなる。驚かなくなった人は学びが止まる。孔子は五十を過ぎても、まだ想像の外に触れて呆然としていた。良いものに触れる機会を意識して確保しているか、と問い直す価値はある。日常業務の外側に、自分の枠を壊すものを置いておく必要がある。
この章句が説くこと
感動韶驚き審美学びの継続
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