論語 / 述而篇
葉公問孔子於子路,子路不對。子曰:女奚不曰,其為人也,發憤忘食,樂以忘憂,不知老之將至云爾。
新字:葉公問孔子於子路,子路不対。子曰:女奚不曰,其為人也,発憤忘食,楽以忘憂,不知老之将至云爾。
書き下し
葉公、孔子を子路に問う。子路答えず。子曰わく、女(なんじ)奚ぞ曰わざる。その人と為りや、憤を発して食を忘れ、楽しみて憂を忘れ、老の将に至らんとするを知らざるのみ。
現代語訳
孔子は“知の喜び”に生きる人。熱中が老いを忘れさせる。
解説
葉公が子路に「孔子とはどんな人か」と尋ねたとき、子路は答えに詰まってしまいました。それを聞いた孔子は「なぜこう言わなかったのか。その人となりは、物事に打ち込むと食事を忘れ、楽しくなると心配事を忘れ、年を取っていくことにも気づかないほどだ、と」と語ります。肩書きや功績を並べるのではなく、「夢中になって時を忘れる」という姿そのものが自分らしさだと孔子は考えていたのです。好きなことに没頭していて気づいたら日が暮れていた、という経験は誰にでもあるはずです。庭いじりでも、孫と遊ぶことでも、趣味の手仕事でも構いません。年齢や立場を忘れるほど打ち込めるものを持っている人は、それだけで周りの人を惹きつけます。肩書きより、目を輝かせて何かに取り組む姿こそが、人を動かす一番の力になるのです。
この章句が説くこと
モチベーションエンゲージメントコミットメントリーダーシップ熱意
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