論語 / 公冶長篇
子貢曰:「夫子之文章,可得而聞也;夫子之言性與天道,不可得而聞也。」
新字:子貢曰:「夫子之文章,可得而聞也;夫子之言性与天道,不可得而聞也。」
書き下し
子貢曰く、「夫子の文章は、得て聞く可きなり。夫子の性と天道とを言うは、得て聞く可からざるなり。」
現代語訳
子貢が言った。「先生の(身に表れた)教養や言葉は、聞くことができる。だが、先生が人の本性と天の道について語られるのは、聞くことができない。」
解説
孔子が何を語らなかったかを、弟子が記録した章である。礼、詩、政治、人の在り方。これらは繰り返し語った。一方で、人間の本性とは何か、天の摂理とは何かという形而上の主題には、ほとんど踏み込まなかった。答えを持っていなかったからではなく、答えても検証できない領域だと考えたからだろう。実行に移せることだけを教える、という自制である。指導する立場にある人にとって、これは重い示唆になる。語れることは多い。だが語った内容のうち、相手が明日試せるものはどれだけあるか。壮大な話は聞いている間は心地よく、翌日には何も残らない。何を語らないかを決めている人の言葉は、そのぶん密度が上がる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
不可知自制教育実践天道
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