六祖壇経 / 行由品第一
書此偈已,徒眾總驚,無不嗟訝,各相謂言:「奇哉!不得以貌取人,何得多時,使他肉身菩薩。」祖見眾人驚怪,恐人損害,遂將鞋擦了偈,曰:「亦未見性。」眾以為然。次日,祖潛至碓坊,見能腰石舂米,語曰:「求道之人,為法忘軀,當如是乎?」乃問曰:「米熟也未?」惠能曰:「米熟久矣,猶欠篩在。」祖以杖擊碓三下而去。惠能即會祖意,三鼓入室;祖以袈裟遮圍,不令人見,為說金剛經。至「應無所住而生其心」,惠能言下大悟,一切萬法,不離自性。
新字:書此偈已,徒衆総驚,無不嗟訝,各相謂言:「奇哉!不得以貌取人,何得多時,使他肉身菩薩。」祖見衆人驚怪,恐人損害,遂将鞋擦了偈,曰:「亦未見性。」衆以為然。次日,祖潜至碓坊,見能腰石舂米,語曰:「求道之人,為法忘躯,当如是乎?」乃問曰:「米熟也未?」恵能曰:「米熟久矣,猶欠篩在。」祖以杖撃碓三下而去。恵能即会祖意,三鼓入室;祖以袈裟遮囲,不令人見,為説金剛経。至「応無所住而生其心」,恵能言下大悟,一切万法,不離自性。
書き下し
此の偈を書し已るに、徒衆総て驚き、嗟訝せざる無く、各相謂ひて言ふ、「奇なる哉。貌を以て人を取るを得ず。何ぞ多時、他の肉身菩薩を使ふことを得たる」と。祖、衆人の驚怪するを見て、人の損害せんことを恐れ、遂に鞋を将て偈を擦り了(をは)りて曰く、「亦未だ見性せず」と。衆以て然りと為す。次の日、祖潜かに碓坊に至り、能の石を腰にして米を舂くを見て、語りて曰く、「道を求むるの人は、法の為に躯を忘る。当に是の如くなるべきか」と。乃ち問ひて曰く、「米熟するや未だしや」と。恵能曰く、「米熟すること久し。猶ほ篩(ふるひ)を欠く在り」と。祖、杖を以て碓を撃つこと三下して去る。恵能即ち祖の意を会し、三鼓に室に入る。祖、袈裟を以て遮り囲み、人をして見しめず、為に金剛経を説く。「応に住する所無くして其の心を生ずべし」に至りて、恵能言下に大悟し、一切万法、自性を離れず。
現代語訳
この偈が書かれると、門下の者たちは皆驚き、感嘆しない者はなく、口々に言い合った。「不思議なことだ。見かけで人を判断してはならない。どうしてこれほど長いあいだ、生身の菩薩をこき使っていたのか」。五祖は人々が驚き怪しむのを見て、誰かが恵能に危害を加えるのを恐れ、履物で偈をこすり消して言った。「これもまだ本性を見ていない」。人々はそのとおりだと思った。翌日、五祖はひそかに碓小屋へ行き、恵能が腰に石をくくりつけて米をついているのを見て言った。「道を求める人は、法のために身を忘れる。まさにこのようであるべきか」。そして問うた。「米はつき上がったか、まだか」。恵能は言った。「米はとうにつき上がっている。まだ篩にかけていないだけだ」。五祖は杖で碓を三度打って立ち去った。恵能はすぐに五祖の意図を悟り、三更の太鼓が鳴るころに部屋へ入った。五祖は袈裟で周りを覆い隠して人に見られないようにし、恵能のために金剛経を説いた。「住するところなくして、その心を生ぜよ」という句に至ったとき、恵能は言葉を聞いたその場で大いに悟り、あらゆるものは自らの本性を離れないと知った。
解説
関連する章句
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『六祖壇経』行由品第一秀、偈を書し了りて、便ち却(かへ)りて房に帰り、人総て知らず。秀復た思惟す、五祖明日偈を見て歓喜せば、即ち我、法と縁有り。若し堪へずと言はば、自ら是れ我迷ひ、宿業障重く、法を得るに合(かな)はず。聖意測り難し、と。房中に思想し、坐臥安からず、直ちに五更に至る。祖已に神秀の門に入りて未だ得ず、自性を見ざるを知る。天明けて、祖、盧供奉を喚びて来らしめ、南廊の壁間に向ひて図相を絵画せしめんとするに、忽ち其の偈を見て、報じて言ふ、「供奉、却つて画くを用ひず。爾を労して遠く来らしむ。経に云ふ、『凡そ所有(あらゆ)る相は、皆是れ虚妄なり』と。但だ此の偈を留めて、人に誦持せしめ、此の偈に依りて修せしめん。悪道に堕つるを免れ、此の偈に依りて修せば、大利益有り」と。門人をして香を炷(た)きて礼敬し、尽く此の偈を誦せしめ、即ち見性することを得しむ。門人偈を誦して、皆善き哉と嘆ず。祖、三更に秀を喚びて堂に入らしめ、問ひて曰く、「偈は是れ汝の作なりや否や」と。秀言ふ、「実に是れ秀の作なり。敢へて妄りに祖位を求めず。望むらくは和尚慈悲もて、弟子に少しの智慧有りや否やを看たまへ」と。祖曰く、「汝が此の偈を作るは、未だ本性を見ず。只だ門外に到りて、未だ門内に入らず。此の如き見解にては、無上菩提を覓むるも了に得べからず。無上菩提は、須らく言下に自らの本心を識り、自らの本性の不生不滅なるを見るべし。一切時中に於て、念念に自ら見て、万法に滞ること無し。一真なれば一切真なり。万境自ら如如たり。如如の心、即ち是れ真実なり。若し是の如く見ば、即ち是れ無上菩提の自性なり。汝且(しばら)く去りて、一両日思惟し、更に一偈を作りて、将ち来りて吾に看せしめよ。汝が偈若し門に入り得ば、汝に衣法を付せん」と。神秀、礼を作して出づ。又数日を経て、偈を作るも成らず、心中恍惚として、神思安からず、猶ほ夢中の如く、行坐楽しまず。一復た両日、一童子有り、碓坊を過ぎて其の偈を唱誦す。恵能一たび聞きて、便ち此の偈の未だ本性を見ざるを知る。未だ教授を蒙らずと雖も、早く大意を識る。
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『六祖壇経』行由品第一恵能曰く、「恵能、和尚に啓す。弟子が自心、常に智慧を生じ、自性を離れず、即ち是れ福田なり。未審(いぶか)し、和尚、何の務めをか作さしめんと教ふる」と。祖云ふ、「這(こ)の獦獠、根性大いに利なり。汝更に言ふこと勿れ。槽廠に著き去れ」と。恵能退きて後院に至るに、一行者有り、恵能を差して柴を破り碓(からうす)を踏ましむること、八月余を経たり。祖、一日忽ち恵能を見て曰く、「吾、汝の見の用ふべきを思ふも、悪人の汝を害せんことを恐れ、遂に汝と言はず。汝之を知るや否や」と。恵能曰く、「弟子も亦師の意を知り、敢へて行きて堂前に至らず、人をして覚らざらしむ」と。祖、一日諸の門人を喚びて総て来らしむ、「吾、汝に向ひて説かん。世人、生死事大なり。汝等終日只だ福田を求めて、生死の苦海を出離せんことを求めず。自性若し迷はば、福何ぞ救ふべけんや。汝等各去りて自ら智慧を看、自らの本心般若の性を取りて、各一偈を作り、来りて吾に呈して看せしめよ。若し大意を悟らば、汝に衣法を付して、第六代の祖と為さん。火急に速やかに去れ、遅滞するを得ず。思量すれば即ち用に中(あた)らず。見性の人は、言下に須らく見るべし。若し此の如き者は、刀を輪(まは)して陣に上るとも亦之を見ることを得ん」と。衆、処分を得て、退きて逓(たがひ)に相謂ひて曰く、「我等衆人、心を澄まし意を用ひて偈を作り、将(も)つて和尚に呈するを須ひず。何の益する所か有らん。神秀上座は、現に教授師為り、必ず是れ他(かれ)得ん。我が輩謾(みだ)りに偈頌を作るは、枉げて心力を用ふるなり」と。諸人、語を聞きて、総て皆心を息め、咸言ふ、「我等以後、秀師に依止せん。何ぞ偈を作るを煩はさん」と。神秀思惟す、「諸人の偈を呈せざるは、我が他の為に教授師為るが為なり。我須らく偈を作りて将て和尚に呈すべし。若し偈を呈せずんば、和尚如何ぞ我が心中の見解の深浅を知らん。我が偈を呈する意、法を求むるは即ち善、祖を覓むるは即ち悪、却つて凡心に同じく、其の聖位を奪ふと奚(なん)ぞ別たん。若し偈を呈せずんば、終に法を得ず。大いに難し、大いに難し」と。
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『六祖壇経』行由品第一遂に祖に啟して言く、「何ぞ期せん、自性は本より自ら清淨なることを。何ぞ期せん、自性は本より生滅せざることを。何ぞ期せん、自性は本より自ら具足せることを。何ぞ期せん、自性は本より動搖無きことを。何ぞ期せん、自性は能く萬法を生ずることを」と。
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『六祖壇経』行由品第一恵能が厳父、本貫は范陽、左降せられて嶺南に流され、新州の百姓と作(な)る。此の身不幸にして、父又早く亡じ、老母孤遺せられ、移りて南海に来る。艱辛貧乏にして、市に於て柴を売る。時に一客有り柴を買ひ、送りて客店に至らしむ。客収め去り、能、銭を得て、却つて門外に出づるに、一客の経を誦するを見る。能、一たび経に「応(まさ)に著する所無くして、其の心を生ずべし」と云ふを聞きて、心即ち開悟し、遂に客に何の経を誦するかを問ふ。客曰く、「金剛経なり」と。復た問ふ、「何れの所より来りて、此の経典を持するや」と。客云ふ、「我、蘄州黄梅県の東禅寺より来る。其の寺は是れ五祖忍大師、彼に在りて主化し、門人一千有余なり。我、彼の中に到りて礼拝し、此の経を聴受す。大師常に僧俗に勧む、但だ金剛経を持せば、即ち自ら見性し、直ちに了して成仏すと」と。恵能、説くを聞き、宿昔に縁有りて、乃ち一客の銀十両を取りて恵能に与へ、老母の衣糧に充てしめ、教へて便ち黄梅に往きて五祖に参礼せしむるを蒙る。能、母を安置し畢(をは)りて、即便ち親を辞し、三十余日を経ずして、便ち黄梅に至り、五祖を礼拝す。祖問ひて曰く、「汝は何方の人ぞ。何物をか求めんと欲する」と。恵能対へて曰く、「弟子は是れ嶺南新州の百姓なり。遠く来りて師を礼し、惟だ仏と作らんことを求め、余物を求めず」と。祖言ふ、「汝は是れ嶺南の人、又是れ獦獠(かつりょう)なり。若為(いかん)ぞ仏と作るに堪へん」と。
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『六祖壇経』行由品第一遂に童子に問ひて曰く、「誦する者は何の偈ぞ」と。童子曰く、「爾、這の獦獠は知らず。大師言ふ、世人生死事大なり、衣法を伝付せんと欲し、門人をして偈を作りて来り看せしむ。若し大意を悟らば、即ち衣法を付して第六祖と為さんと。神秀上座、南廊の壁上に於て無相の偈を書す。大師、人をして皆誦せしめ、此の偈に依りて修せば悪道に堕つるを免れ、此の偈に依りて修せば大利益有りと」と。恵能曰く、「上人、我此に碓を踏むこと八個余月、未だ曾て行きて堂前に到らず。望むらくは上人、引きて偈の前に至り礼拝せしめよ」と。童子引きて偈の前に至り礼拝せしむ。恵能曰く、「恵能は字を識らず。請ふ、上人為に読め」と。時に江州の別駕、姓は張、名は日用なる有り、便ち高声に読む。恵能聞き已りて、遂に言ふ、「亦一偈有り。望むらくは別駕為に書せよ」と。別駕言ふ、「汝も亦偈を作る、其の事希有なり」と。恵能、別駕に向ひて言ふ、「無上菩提を学ばんと欲せば、初学を軽んずるを得ず。下下の人にも上上の智有り、上上の人にも没意智有り。若し人を軽んぜば、即ち無量無辺の罪有り」と。別駕言ふ、「汝但だ偈を誦せよ、吾汝が為に書せん。汝若し法を得ば、先づ須らく吾を度すべし。此の言を忘るること勿れ」と。恵能の偈に曰く、
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『六祖壇経』行由品第一祖、本性を悟れるを知り、恵能に謂ひて曰く、「本心を識らずんば、法を学ぶも益無し。若し自らの本心を識り、自らの本性を見ば、即ち丈夫・天人師・仏と名づく」と。三更に法を受け、人尽く知らず。便ち頓教及び衣鉢を伝へて云ふ、「汝を第六代の祖と為す。善く自ら護念し、広く有情を度し、将来に流布して、断絶せしむること無かれ。吾が偈を聴け、曰く、『情有りて来りて種を下せば、地に因りて果還た生ず。情無ければ亦種無く、性無ければ亦生無し』と。祖復た曰く、「昔、達摩大師初めて此の土に来るに、人未だ之を信ぜず。故に此の衣を伝へて以て信体と為し、代代相承く。法は則ち心を以て心に伝へ、皆自ら悟り自ら解せしむ。古より、仏仏惟だ本体を伝へ、師師密かに本心を付す。衣は争ひの端為り、汝に止めて伝ふること勿れ。若し此の衣を伝へば、命懸糸の如し。汝須らく速やかに去るべし。人の汝を害せんことを恐る」と。恵能啓して曰く、「甚(いづ)れの処に向ひて去らん」と。祖云ふ、「懐に逢はば則ち止まり、会に遇はば則ち蔵(かく)れよ」と。三更に衣鉢を領得す。五祖送りて九江の駅に至り、祖、船に上らしむ。恵能随即ち櫓を把る。祖云ふ、「合(まさ)に是れ吾汝を渡すべし」と。恵能云ふ、「迷ふ時は師度し、悟り了れば自ら度す。度の名は一なりと雖も、用処同じからず。恵能は辺方に生まれ、語音正しからざるに、師の法を付するを蒙る。今已に悟ることを得たり。只だ合に自性にて自ら度すべし」と。祖云ふ、「是の如し、是の如し。以後の仏法は、汝に由りて大いに行はれん。汝今好く去れ。努力して南に向へ。速やかに説くに宜しからず、仏法起り難し」と。恵能、祖に辞違し已りて、足を発して南に行く。両月の中間に、大庾嶺に至る。後を逐ひて数百人来り、衣鉢を奪はんと欲す。一僧、俗姓は陳、名は恵明、先は是れ四品の将軍なり。性行粗燥にして、極意に参尋し、衆人の先と為り、恵能に趨(はし)り及ぶ。恵能、衣鉢を擲下して、草莽の中に隠る。恵明至り、提ぐるも動かず、乃ち喚びて云ふ、「行者、行者、我は法の為に来る、衣の為に来らず」と。恵能遂に出でて、盤石の上に坐す。恵明礼を作して云ふ、「望むらくは行者、我が為に法を説け」と。恵能曰く、「汝既に法の為にして来らば、諸縁を屏息して、一念をも生ずること勿れ。吾汝が為に説かん」と。
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