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驢鞍橋 / 卷下

又語て曰く、人死せは、先つ早くよき人に吊はせたきこと也。俗人になりとも、他念なく念佛を申させたし。その故は亡魂うろうろとして物に取着きたがるもの也。この時よき人に吊はせば、その儘善心に取着く筈也。惡知識に吊はせば、機忽ち惡に移るべし。はや惡に移りたる後に、善人に吊はするとも、善心移り難かるへき也。又曰く、生靈よりも、死靈は治めやすし。生靈は何としても躰を持て居る間、念强くして、善機移ること遲し。死靈は躰なく、中有にたゝよひ、何くへなりとも便り度思ふ間、善を修すれは、ひしとその機を得る也。

新字:又語て曰く、人死せは、先つ早くよき人に吊はせたきこと也。俗人になりとも、他念なく念仏を申させたし。その故は亡魂うろうろとして物に取着きたがるもの也。この時よき人に吊はせば、その儘善心に取着く筈也。悪知識に吊はせば、機忽ち悪に移るべし。はや悪に移りたる後に、善人に吊はするとも、善心移り難かるへき也。又曰く、生霊よりも、死霊は治めやすし。生霊は何としても体を持て居る間、念强くして、善機移ること遅し。死霊は体なく、中有にたゝよひ、何くへなりとも便り度思ふ間、善を修すれは、ひしとその機を得る也。

書き下し

又語て曰く、人死せは、先つ早くよき人に吊はせたきこと也。俗人になりとも、他念なく念仏を申させたし。その故は亡魂うろうろとして物に取着きたがるもの也。この時よき人に吊はせば、その儘善心に取着く筈也。悪知識に吊はせば、機忽ち悪に移るべし。はや悪に移りたる後に、善人に吊はするとも、善心移り難かるへき也。又曰く、生霊よりも、死霊は治めやすし。生霊は何としても体を持て居る間、念强くして、善機移ること遅し。死霊は体なく、中有にたゝよひ、何くへなりとも便り度思ふ間、善を修すれは、ひしとその機を得る也。

現代語訳

また語って言われた。人が死んだら、まず早く良い人に弔わせたいものである。俗人であっても、他念なく念仏を申させたい。そのわけは、亡魂はうろうろとして物に取り付きたがるものである。このとき良い人に弔わせれば、そのまま善心に取り付くはずである。悪い導き手に弔わせれば、気迫はたちまち悪に移るだろう。もう悪に移った後で、善人に弔わせても、善心は移りにくいのである。また言われた。生霊よりも死霊のほうが治めやすい。生霊はどうしても体を持っているので、念が強くて、善い気迫が移るのが遅い。死霊は体がなく、中有に漂い、どこにでも頼りたいと思っているので、善を修めれば、ひしとその気迫を得るのである。

解説

人が亡くなったら、なるべく早く良い人に弔ってもらいたい、と正三は言う。亡き魂はさまよって何かに取り付きたがるので、最初に良い導きを受ければ善い方へ向かい、悪い導きを受ければ悪に移り、後から直すのは難しい、と。そして、体を持つ生きた人の執念のほうが、体のない死者より治めにくい、と。弔いの話ではあるが、迷っている人に最初に誰が関わるかが決定的だ、という人間理解として読むこともできる。

この章句が説くこと

弔い初動導き手生霊死霊影響

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