驢鞍橋 / 卷下
又語て曰く、去る處にて、或る人生靈に付れ病ふを、我に吊を賴み來る、我その樣子を問へば、使の者云ふは、此の人目懸を情なく逐出して又女房を持ちければ、その目懸恨深く憤强くして、其影亭主の目に見えて大に病ふと云ふ。是れも聞くと、頓而心得たり、中々吊ふべし、乍去その女人の朝夕秘藏する道具一つ盜てたべと云て、秘藏の櫛を偷みよせ、此の櫛を卓の上に置き、明朝こそ是を尋ねんと思ふ時分、責め付け責め付け經咒を以て心の及ふほど吊ふ。又病者の位牌をも傍に立置き、施餓鬼を誦む。如是二朝三朝吊ひければ、病すきと本復す。總而機轉なくしては吊抔成るべからす。我萬事は無調法なるか、加樣の處になりでは、好く若き時より機轉好かりしと也。
新字:又語て曰く、去る処にて、或る人生霊に付れ病ふを、我に吊を頼み来る、我その様子を問へば、使の者云ふは、此の人目懸を情なく逐出して又女房を持ちければ、その目懸恨深く憤强くして、其影亭主の目に見えて大に病ふと云ふ。是れも聞くと、頓而心得たり、中々吊ふべし、乍去その女人の朝夕秘蔵する道具一つ盗てたべと云て、秘蔵の櫛を偷みよせ、此の櫛を卓の上に置き、明朝こそ是を尋ねんと思ふ時分、責め付け責め付け経咒を以て心の及ふほど吊ふ。又病者の位牌をも傍に立置き、施餓鬼を誦む。如是二朝三朝吊ひければ、病すきと本復す。総而機転なくしては吊抔成るべからす。我万事は無調法なるか、加様の処になりでは、好く若き時より機転好かりしと也。
書き下し
又語て曰く、去る処にて、或る人生霊に付れ病ふを、我に吊を頼み来る、我その様子を問へば、使の者云ふは、此の人目懸を情なく逐出して又女房を持ちければ、その目懸恨深く憤强くして、其影亭主の目に見えて大に病ふと云ふ。是れも聞くと、頓而心得たり、中々吊ふべし、乍去その女人の朝夕秘蔵する道具一つ盗てたべと云て、秘蔵の櫛を偷みよせ、此の櫛を卓の上に置き、明朝こそ是を尋ねんと思ふ時分、責め付け責め付け経咒を以て心の及ふほど吊ふ。又病者の位牌をも傍に立置き、施餓鬼を誦む。如是二朝三朝吊ひければ、病すきと本復す。総而機転なくしては吊抔成るべからす。我万事は無調法なるか、加様の処になりでは、好く若き時より機転好かりしと也。
現代語訳
また語って言われた。ある所で、ある人が生霊に取り憑かれて病んでいるので、私に弔いを頼みに来た。私がその様子を尋ねると、使いの者が言うには、この人は妾を情けなく追い出して、また女房を持ったので、その妾は恨みが深く憤りが強くて、その姿が亭主の目に見えて、ひどく病んでいる、と言う。これも聞くとすぐに合点した。十分に弔おう、ただしその女性が朝夕大切にしている道具を一つ盗んできてくれ、と言って、大切にしている櫛を盗み寄せ、この櫛を卓の上に置き、女が明朝これを探そうと思うころ合いに、責め付け責め付け、経呪で心の及ぶかぎり弔った。また病人の位牌も傍に立てておき、施餓鬼を読んだ。このように二朝、三朝弔ったところ、病はすっかり本復した。おおよそ機転がなくては、弔いなどはできない。私は万事に不調法だが、このようなところになると、若いときから機転がよかったのである、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下又云はく、機転なくして方便成り難し。霊気吊抔も機転也。此の前三州にて去る人の小者喉つまり、ぎくりぎくりと云つて煩ひける。我聞くと早く知る、頸くゝり死したるつれの霊気につかれたると。然かも此の病起醒あり、我彼者を喚寄せ、仏前に置き、病起らば告けよと云付置く。後に人来て今起りたりと云ふ。我至りてぼかと腸倒して一喝す。忽ち本復して後迄子細なし。皆是れ念を奪ふ義なり
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『驢鞍橋』卷上去る処の病者霊気有りとて、弔を頼み来る。師便ち病者の位牌を書き、長水長老□に大衆に命して、下火念誦にて葬例の儀式を作す。其後師の焼香にて一時千巻の心経有り、誦し了るとわつと云つて位牌をつゝ倒し給ふ也。晩に至りて謂衆曰、逆修をも死人になして弔ひたるか能き也。死人に往いて霊気著くべからすと也。
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『驢鞍橋』卷上良有りて曰、彼様の者を弔ふ事も機転なくして不叶、我は聞くと早弔ひ様出づる也。先づ天徳院へ引導を頼み、死人に成して弔ひ、其後我請取り、身に経文陀羅尼を書き、塔婆と成して弔ふへし。塔婆と成りたらば虫も責むべからす、二七日も三七日も如是して弔ひたらば、必ず治すへき也。弔ひも医者の薬の如し。なま作なればきかぬ也。治せぬ間は、経咒を以て誦み殺す迄も吊ふべし。是れを直さずんは仏法にひけを付ける也。肉身不調の病は薬を以て治す。加様の業に責めらるゝ者は、縦ひ火を吐き角を振り来るとも、手も無く吊ひ直すべしと也。
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『驢鞍橋』卷上後日に医者彼病者を遣はす。師前日の企の如く葬礼の儀式を為し、其晩暮六より四過き迄、衆僧取廻して警策を打ち、経咒を以て責め、病者には礼拝をさせ、吊ひ給へば、病者不図迯げ、門前の家に行倒れて、前後も知らず臥す。師其儘置くへしと云つて、衆を息め給ふ。明朝彼女人起来りて師を礼して曰、虫に責められ昼夜眠らさる事六十日余也。今夜始めて前後を知らず臥す。今朝は夢の覚めたるか如くにして本の人間に罷成り。扨々有難き御慈悲哉。私の所存は最早今生は無き物也、機の違はぬ先に御殺し有りて也とも、御吊ひに預り度存せしに、今生にて再び人間に罷成る事忝き次第也と、感涙を流し礼謝して去る。師晩に曰、始めて聞く時は、人の目に見えて、実に虫ともの責むると云ふに依つて、手も無く吊ひ直すべしと思ふ。後来るを見れば機病也。是れは隙を取らんずと思ひけるが、造作なく直る事不思議也。総して直に責むるは忽ち吊ひにて直るべし。気病はなほり難かるべしと也。
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『驢鞍橋』卷下一日、霊気吊の次、語て曰く、此の前、去る和尚の処に至りければ、彼の和尚の曰く、当所にて去る者の家より火飛出て、三昧に行て塚もゆること有り、塚は前の女房の塚也その男中々迷惑し、私に頼むに仍て、随分吊へとも火消えすと語り給ふ。我聞くと早く手もなく消えたりと云ふ。和尚故を尋ね給ふ。我云ふは、先つ向ふの亡者を吊では消ゆべからす。前の女房の火に非す、後の連相の火也。その子細は、亭主今ずひと間おもはしからさるに仍て、只もの元の女のことを云はんす、爰に於て、今の女の胸もゆる也。大略此の位なるべし。然る間、此の男に道理を云ひ聞かせ、比興者執著の深き奴哉と、ぐつと耻かしめ、扨て今の女房に中々其方か道理じやと、これに足をさせ、男か心を翻し、和睦させば、忽ち火消えんと云へは、和尚大に悅び、頓て如是覚ありしかば、其の儘火消えたり。加様のことも、医者の脉を好く見て薬を与るか如し。めたと吊ふては、功徳有るべからすと也。
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『驢鞍橋』卷下又語て曰く、人死せは、先つ早くよき人に吊はせたきこと也。俗人になりとも、他念なく念仏を申させたし。その故は亡魂うろうろとして物に取着きたがるもの也。この時よき人に吊はせば、その儘善心に取着く筈也。悪知識に吊はせば、機忽ち悪に移るべし。はや悪に移りたる後に、善人に吊はするとも、善心移り難かるへき也。又曰く、生霊よりも、死霊は治めやすし。生霊は何としても体を持て居る間、念强くして、善機移ること遅し。死霊は体なく、中有にたゝよひ、何くへなりとも便り度思ふ間、善を修すれは、ひしとその機を得る也。