驢鞍橋 / 卷下
或人の云ふ、師俗の時、近付に辻切を作す者有り。去る時師彼に向て云ふ、其方は辻切を作すと云ふか、定めて虚なるべし。辻切は作し得べからずと有りければ、彼の人云ふ、如何にも切る也。師いや辻切ではおじやるまい、辻切は成るまじと云ひ給へば、彼の人出て、さらは切て見せ申さんと云つて、同道にて行き、人離れなる所に影取て居られたり。時に町人二人通る也。彼の人出て切らんと云ふ、師云く、是れは無用なり。我指圖する者を切らるべしと留め給ふ。其後又千石計取る風情の人通る時に、師いさあれ切れと云つて、既に出てんとし給ふ。彼の人驚き、扨て扨てそこつなる人哉と云つて、取留めて出てず。師云く、扨て扨てでかい腰抜哉。我は切らんと云ふ、其方腰を拔かして切得ず、腰が抜けては辻切は成らぬ物也と申したるは是れ也。如是の人を切得ずんば、向後辻切無益也。先の樣なる者を切るは、比丘尼法師切りたる同前也。侍たる者か、加樣の者切るものかと耻かしめ給へば、彼の人大に非を知り、一腰を抜き、かねうつてふつつと辻切をやめられたること有りと也。
新字:或人の云ふ、師俗の時、近付に辻切を作す者有り。去る時師彼に向て云ふ、其方は辻切を作すと云ふか、定めて虚なるべし。辻切は作し得べからずと有りければ、彼の人云ふ、如何にも切る也。師いや辻切ではおじやるまい、辻切は成るまじと云ひ給へば、彼の人出て、さらは切て見せ申さんと云つて、同道にて行き、人離れなる所に影取て居られたり。時に町人二人通る也。彼の人出て切らんと云ふ、師云く、是れは無用なり。我指図する者を切らるべしと留め給ふ。其後又千石計取る風情の人通る時に、師いさあれ切れと云つて、既に出てんとし給ふ。彼の人驚き、扨て扨てそこつなる人哉と云つて、取留めて出てず。師云く、扨て扨てでかい腰抜哉。我は切らんと云ふ、其方腰を抜かして切得ず、腰が抜けては辻切は成らぬ物也と申したるは是れ也。如是の人を切得ずんば、向後辻切無益也。先の様なる者を切るは、比丘尼法師切りたる同前也。侍たる者か、加様の者切るものかと耻かしめ給へば、彼の人大に非を知り、一腰を抜き、かねうつてふつつと辻切をやめられたること有りと也。
書き下し
或人の云ふ、師俗の時、近付に辻切を作す者有り。去る時師彼に向て云ふ、其方は辻切を作すと云ふか、定めて虚なるべし。辻切は作し得べからずと有りければ、彼の人云ふ、如何にも切る也。師いや辻切ではおじやるまい、辻切は成るまじと云ひ給へば、彼の人出て、さらは切て見せ申さんと云つて、同道にて行き、人離れなる所に影取て居られたり。時に町人二人通る也。彼の人出て切らんと云ふ、師云く、是れは無用なり。我指図する者を切らるべしと留め給ふ。其後又千石計取る風情の人通る時に、師いさあれ切れと云つて、既に出てんとし給ふ。彼の人驚き、扨て扨てそこつなる人哉と云つて、取留めて出てず。師云く、扨て扨てでかい腰抜哉。我は切らんと云ふ、其方腰を抜かして切得ず、腰が抜けては辻切は成らぬ物也と申したるは是れ也。如是の人を切得ずんば、向後辻切無益也。先の様なる者を切るは、比丘尼法師切りたる同前也。侍たる者か、加様の者切るものかと耻かしめ給へば、彼の人大に非を知り、一腰を抜き、かねうつてふつつと辻切をやめられたること有りと也。
現代語訳
ある人が言った。師が俗世にいたとき、知り合いに辻斬りをする者がいた。あるとき師がその者に向かって言った。あなたは辻斬りをすると言うのか。きっと嘘だろう。辻斬りはできるはずがない、とあったので、その人は言った。いかにも斬るのだ。師が、いや辻斬りではござるまい、辻斬りはできまい、と言われると、その人は出て、それなら斬って見せましょう、と言って同道して行き、人里離れた所に身を隠していた。そのとき町人が二人通った。その人が出て斬ろうとすると、師は言った。これは無用だ。私が指図する者を斬られよ、と止められた。その後、千石ほど取るような風体の人が通ったとき、師は、いざあれを斬れ、と言って、すでに出ようとされた。その人は驚き、さてさて粗忽な人だな、と言って取り押さえて出なかった。師は言った。さてさて、大した腰抜けだな。私は斬ろうと言うのに、あなたは腰を抜かして斬れない。腰が抜けては辻斬りはできないものだ、と申したのはこれである。このような人を斬れないなら、今後辻斬りは無益である。先のような者を斬るのは、尼や法師を斬ったのと同じである。侍たる者が、このような者を斬るものか、と恥をかかせられると、その人は大いに非を知り、刀を抜いて金打(誓いの印に刃を打ち合わせること)をして、きっぱりと辻斬りをやめられた、という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第八章 名譽・新井白石と小蛇の創史上、哀事多し。されど未だ人類の母エバが、騒立つ胸、戦く指に、粗き針取りて、憂に沈める良人の摘み与ふる無花果の葉を綴るの光景の如く哀しきはあらず。神明に背く覿面の罪果は、人間に固着して離るべからず。裁縫の技の如何に精妙を極むとも、未だ羞恥を包むに足るべき蔽膝を縫ふ能はず。新井白石の年少うして苦学するや、富人某といふものあり、其志の超凡なるを見、之に孫女を妻はし、且つ給するに勤学の資を以てせんと乞ひしに、白石之を辞し、『昔、霊潭に小蛇棲めり。人あり小刀を抜き、其腮に微傷を負はしむるや、たちまち丈余の大蛇と化して斃れ、頭上に尺余の創痕を有したりと云ふ。富人の欲する所は、即ち小蛇を傷くることなり。されど後来、我れ家を興し、名を成さんには、其創ことに大なるものあらん。
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『武士道』第八章 名譽・恥を知るは諸徳の原たとひ微小なりとも、創を蒙らんことは我が願ふ所にあらず』と。白石の既に少年の日に当り、いやしくも節を屈し、恥を負ふの事を甘んじ、以て畢生の大創を蒙り、敢て其天分を壊り、品性を害することを肯ぜざりしもの、実に士たるの本懐を吐露して違はざりしものと謂ふべし。孟子が『羞悪の心は義の端なり』と教へてより後、二千年にして、カーライルは殆ど同義の弁をなして曰へり。『恥を知るは、諸徳の原、良容善行の根なり』と。武士は恥を恐るること甚だしきものありき。我国文学は、シェイクスピアがノーフォークの口に上ぼせたるが如き雄弁なる詞句を有せざれど、なお恥を恐るるの念は、武士の頭上に懸れるダモクレスの剣なりき。然り、恥を恐るるは大に可なり。されど其の過ぐるや、往々病的なる性質を帯ぶることなきにあらず。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻三是れに愧て辞すといへども、猶終に首座に請す、其の後元首座此の詞はを記録して、自らを愧しめて師の美言を顕はす、今ま是を案ずるに、昇進を望み、物のかしらとなり、長老とならんと思ふことをば、古人是を慚ぢしむ、只道を悟らんとのみ思ふて余事あるべからず、
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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『呻吟語』内篇・修身・邪僻を蹈めば肆志抗額邪僻を蹈めば、則ち志を肆にし額を抗げて略ぼ顧忌する所無し。義禮に由れば、則ち頭を羞ぢ面を愧ぢて以て自ら容るる無きが若し。此れ愚不肖の恒態にして、士君子の大恥なり。